そば屋のAさんとそば屋のBさん その2

一方のBさんはどうしたのでしょうか。
Bさんはどこに店を開いたのでしょうか。
Bさんが開いたそば屋は街の真ん中にありました。
それも駅の中でした。
ターミナル駅だけあって、いつも人々であふれています。
Bさんの店も、お客さんが絶えることはありません。
いつ行っても混雑しています。
当然ながら、その店では手打ちのそばは提供できません。
製麺所の機械で大量生産されたそばを、店のお湯にくぐらせて、手早く盛りつけるだけです。
それでもBさんの店はいつも人手不足で、たくさんのパート従業員を雇っていました。
そのうえ大型の厨房器機をたくさん動かしながら、切れることのない注文にこたえています
頭のなかにあるのはいつも資金繰りのことばかりでした。
店のテナント料や光熱水費、厨房機器のローン返済、パートの雇用と賃金の支払いなど…
お店の売り上げは相当にあるのですが、支払いも多いのです。
明けても暮れてもカネ、カネ、カネ…
やがてBさんはそば作りのことは考えず、金儲けのことだけを考えるようになったのです。
いまのBさんにとっては、金儲けになるのであれは、別にそばでなくてもカレーでも牛丼でもよかったのです。

そば屋のAさんとそば屋のBさん その3
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そば屋のAさんとそば屋のBさん その1

あるところに二人のそば職人AさんとBさんがいました。
このたびかねてからの念願がかなって、二人の職人はそれぞれ自分の店を出すことになりました。
ところがところが…
二人はその後全く違う道を進むことになります。

Aさんは根っからのそば職人でした。
どうしたら最高のそばが打てるのか。
どうしたら本当に美味しい味が出せるのか。
頭のなかにあるのはいつもそば作りのことばかりでした。
やがてAさんは知ることになります。
「美味しいそばを打つのに絶対に欠かすことのできないのはきれいな水だ」
Aさんはきれいで澄んだ水を求めて郊外に出ていきます。
やがてAさんは山奥に移り住み、そこの古民家を改造して、自分のそば屋を開くことになったのです
Aさんの打つそばは絶品でした。
その味は非の打ち所がない最高のものでした。
ところがAさんのそばは手作りだから、たくさんは作れません。
用意できるのは一日にせいぜい20人分ほど。
一日に20食限定です。
週末になると、ウマイとの評判を聞きつけたそば通が、クルマに乗って食べに来ます
といっても完売することはほとんどありません。
週末こそ客が集まりますが、平日に来る人はきわめて少なく、誰も来ない日もあるのです。
そば作りの腕前は一流ですが、そばは思うように売れません。
そば屋の商売としては、まったくの赤字です。
それでも根っからの職人であるAさんは、あきらめません。
いくら貧乏な生活を強いられても、店を続けたいと思っています。
そしてAさんは今日も、美味しいそばを打ち続けます。

そば屋のAさんとそば屋のBさん その2
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「ไม่เป็นไร(気にしない)」の文化 その2

翌朝早く起きて、キーを探し回った。

ホテルの庭や廊下、フロント辺りを探し回った。

昨日夕食をとった安食堂へも行ってみた。

むろん、下を向いたまま路上を見ながら、探し回った。

歩き回って見たのだが、キーは一向に見当たらない。

親父も心配してくれて、鍵探しに加勢した。

ところがやはりキーは出てこなかった。

 

お寺の境内はもとより、路上も丁寧に掃除されている。

日本人が東南アジアの中で、とりわけタイを好む人が多い理由のひとつに、こうしたタイ人の清潔感を挙げる人は多い。

街は清潔で、清々しい朝である。

ところが今朝に限っては、気分が晴れることはなかった。

 

朝食のとき、従業員の女性に、昨晩遅くに手を煩わせたことについて詫びた。

「ไม่เป็นไรค่ะ (お気になさらないで)」の声が聞こえた。

 

キーの紛失については、なかなか切り出せなかった。

「弁償しなければ」

「いくらかかるのか」

「錠前全体を取り替えるなら経費は相当なものだろう」

「足りないなら両替するか」

いろいろと考えが回ってきた。

 

意を決して切り出す。

「実は部屋の鍵を失くしたんです」

「部屋のなかも、辺りも探し回ったのですが見つかりません」

「申し訳ございません」

「弁償ですよね」

片言のタイ語で尋ねた。

 

従業員の女性は

「ええ、まぁ…」

とだけ小声で言った。

 

いくらかかるのだろうか?

ひどく不安になったが、それ以上聞く勇気はなかった。

 

チェックアウトの時に出された請求明細を見て驚いた。

明細の中に“key”の文字を見つけることができたのだが、記載されていた金額はたったの60バーツだったのだ。

これではスペアキーを作る実費程度にしかならないのではないか?

錠前ごと変える必要はないのか?

そんな程度でいいのか?

これもไม่เป็นไรマイペンライなのか??

 

いまとなっては笑い話でしかない。

この一件はタイ人の気質を知るきっかけになった。

寛容な気質と言われることも多い彼ら。

ちょっとした失敗で思い悩んだことが、ひどく滑稽に感じられた。

十数個の単語覚えるよりも、もっと深い部分を知ったような気さえした。

「ไม่เป็นไร(気にしない)」の文化だった。

 


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「ไม่เป็นไร(気にしない)」の文化 その1

ไม่เป็นไร マイペンライという言葉があります。
「大丈夫」とか「(お詫びに対して)どういたしまして」といった訳語になるのですが、「気にしない」「問題ない」という意味合いも含む幅広い意味を持つ言葉なのです。
その奥の深さを実感した一件がありました。
北部のメーホンソーン県(จังหวัดแม่ฮ่องสอน)に行ったときの失敗談です。

*  *  *  *  *  *

メーホンソーン県のパーイ郡(อำเภอปาย)。

ここは北タイの田舎街だった。

その小さな街を有名にしたのは、ある恋愛物の映画だという。

小さな静かな街が、映画のロケ地になったのをきっかけに、多くの観光客が訪れるようになったという。

バンコクのような大都会から来れば、そこはいかにも小さな集落に見えるだろう。

しかしそこには、どこか素朴な感がある。

ノスタルジックな感覚というか、過ぎ去ったかつての思い出のような感覚というか…

祭りの日なのか、夜市には人々が溢れていた。

昭和の頃の日本を彷彿とさせる雰囲気だった。

夜市を見て回った後に、安い食堂に入った。

宿に戻ってもすぐに部屋に入らず、外に置いてあるイスに腰掛けて、家族と雑談に興じていた。

部屋に戻ろうとしたときに気がついた。

部屋のキーがなかった。

こんな田舎街の小さなペンションでも、ドアはオートロックになっていた。

キーを持たずに外に出ると、途端に閉め出しを食らう。

今回の件も慌てて出かけて、キーを部屋に置き忘れたのだろう。

そう思い込んでいた。

遅くなって申し訳なかったが仕方ない。

従業員に開けてもらうしかない。

宿の従業員にドアの鍵を開けてもらった。

夜も遅くなった時間だったので、フロント係の女性は、既にホテルから出て、隣の建物にいた。

家族経営のペンションのようなもので、隣の建物にある自室に戻ったということなのだろう。

部屋に入ることはできたのだが、部屋の中にキーは残されていなかった。

鏡台やサイドテーブル、ベッドの下など、思いつく限り探し回ったが、見つけ出すことができなかった。

出かけたときにキーを外に落としてきたのだろうか。

次第に不安になってきた。

よく寝つけないまま朝を迎えた。

 

「ไม่เป็นไร’(気にしない)」の文化について その2

https://ponce07.com/mai-pen-rai-02/

 

 


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白い道 エピローグ

帰国してからも残務整理があった。
国民健康保険の海外療養費請求をした際に、書類の不足を指摘された。
海外療養費請求とは、海外渡航中に病気やケガで現地の医療機関で治療を受けた場合、治療費の全額を支払い、帰国後に加入している医療保険から海外で支払った医療費の一部の払い戻しを受けることができる制度のことである。
最初に入ったクラビー県の病院での診療内容明細が不足していた。
クラビー県の病院にお礼状を兼ねて、診療内容明細書の作成を依頼した。
タイ語で手紙を書くのにかなり苦労したが、病院はすぐに理解してくれ、即日で文書を作成してくれた。
PDFで送付してくれた。
距離感を感じさせない、スピード感が心地よかった。
海外療養費の結果は、予想以上に低い評価となった。
それでも申請を成し遂げた充実感があった。
「生きて帰れたのだから、まだいい方だ」とおフクロは言っていた。
タイ語と日本語を併記したそのお礼状は珍しかったのだろう。
いまも病院の掲示板に貼られている。
親父もいまは回復している。
その後診察にあたった東京の医師も、レベルの高い手術がされていることを称賛していたという。
「事件」の話題は、いまでも冗談めかして話す。
クラビーの病院で、うわ言のようにつぶやいていたのは、旅行カバンの底に隠していた現金のことだった。
「黒いスーツケースの底に黒い小さいカバンがあって、その中に黒い財布があって…」
「中に入っているのは黒いカネなのかね?」
グーグルマップであの「白い道」を探す。
実際にはきれいに舗装された「黒い道」だった。
その道をまた歩いてみたい。
その時が来るのを心待ちにしている。


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白い道 その16

タイを発つ日の朝になった。
午前中に病院での診察を受け、手術に問題ないことが告げられた。
関係者に礼を言って病院を後にした。
少し早めの昼食のあと、ホテルの関係者のクルマで空港に向かう。
途中、車窓から賑やかな観光地や真っ青な海岸が見えた。
プーケットは有名なリゾート地なのだ。
滞在していたのはリゾート地とは無関係の下町界隈だった。
一般の観光客が立ち入ることのないエリアで過ごしたことになる。
でもそれがかえって記憶に残る良い経験になったと思う。
当初の予定をキャンセルしたので、帰国の航空券は改めて買いなおすことになってしまった。
プーケットの空港からバンコクのドンムアン空港へ向かう。
少し休憩してから、両親を成田行きに乗せる。
ペースメーカーを入れているのでセキュリティチェックの時は注意するよう、タイ語のメモを記しておく。
成田での出迎えは、東京に住む姉に頼んだ。
両親のチェックインが済んでから、僕自身の帰国になる。
ドンムアン空港からスワンナプーム空港に移動して、そこから福岡行きの便に乗る。
飛行機が動き出したとき、時計の針は午前0時を回っていた。
飛び立つ飛行機の車窓から、バンコクの街の明かりが見えた。
その「事件」なければ、立ち寄るはずだったのだけれど…
しかし「事件」があったおかけで、たくさんのことを知ることができた。
たくさんの貴重な経験ができた。
たくさんの人情を知ることができた。
街の明かりが滲んで見える。
その瞬間、今回の旅行中に出会ったたくさんの顔が脳裏に浮かんで来た。

白い道 エピローグ
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白い道 その15

ホテル「Baanphuanda บ้านภูอันดา」は、病院から歩いて5分もかからないところにあった。
下町の一角で、隣はアイスクリーム屋になっていて、夕刻になると学校帰りの女子学生が寄り道している光景が見られた。
退院してから帰国できるまでは、このホテルに泊まることになった。
泊まった部屋は2階に位置していた。
親父は手術直後ということもあって、歩くのが困難だった。
特に階段の昇降は苦労した。
時間もかかった。
外に出て、食事にでも出かけたいという気持ちも失せていたのだろう。
大半を部屋の中で過ごしていた。
ホテルのメイドさんが果物の差し入れをくれた。
オーナーの女性は、こちらが頼んだわけでもないのに、新品の杖を調達してくれた。
人情味の溢れるタイの人々には、両親とも驚いていた。
たった数日間のことだったが、今までに経験したことのないたくさんのことがあった。
クラビーの病院の前の白い道を思い出した。
途方に暮れていたところを助けてくれたのは、ムスリムのアイスクリーム売りの女性だった。
驚いた。ムスリムの女が見ず知らずの外国人の男をバイクに同乗させるということ自体あり得ないことと思った。
バイクの後ろ取り付けてあるアイスクリームの屋台には、幼い小さな女の子が乗っていた。
娘なのだろう。見たところ就学前の年齢だ。
その子は突然の乱入者に驚く様子もなく、無邪気に笑っていた。
小さな掌で、僕のかけていたサングラスを叩く仕草をした。
こちらは、親父が異国の地で危篤になり入院している状況なので、その緊張感は相当なものだった。
しかし、ここにいる幼い女の子はそんなことは知る由もない。
信号が赤になり、バイクが止まる。
間がもたない気がして、尋ねてみた。
「かわいい子だね、歳はいくつかい?」
ところが、母親と思われるこのアイスクリーム売りの女性の答えは意外なものだった。
「この子はね、耳が悪いのさ。あんたの言っていることは聞こえていない」
信号が青に変わり、バイクは動き始める。
またしても驚いた。
と同時に目頭が熱くなった。
持ってきたサングラスが大いに役に立った。
この場所で一日アイスクリームを売ったところでいくらの売り上げになるのか。
重度の障害を持った幼い子を抱えて女手一つで商売をしているのだろうか。
いろいろな想像が脳裏をよぎる。
僕の泊まっていたホテルの場所を知らなかったようで、街の人に聞きながら、やっとのことでたどり着いた。
相場よりも高額のチップを渡した。
その女性は受け取るのを拒んだが、結局は押し付けるように渡してしまった。
女性はムスリムなのだが、両の掌を合わせるタイ式の仕草をした。
「ขอบคุณค่ะ(ありがとうございます)」
小さな声が聞こえた。
おフクロもよく言っていた
「タイに来てから不愉快な思いをしたことはほとんどない」
将来、この街をまた訪れる理由ができた気がした。

白い道 その16
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白い道 その14

言葉が通じない不自由さは相変わらずだったが、看護師や病院のスタッフは親切に接してくれた。
彼らはタイ語しか話さなかったが、言っていることが少しずつわかるようになってきた。
他にもわかってきたことはある。
入院時の食事は、タイ式と洋食式が選べること。
病棟には仏教式、イスラム式、キリスト教式の3つの礼拝室があること。
慰問のための演奏なのか、ヴァイオリン弾きの男がやって来ること。
見舞客のために院内の1階に花屋があること。
ホールのスペースにテーブルを並べて営業活動しているのは、生命保険会社であること。
デング熱が流行しているので、注意を促すチラシが配られていること。
病院内の雰囲気に少しずつ慣れていった気がした。
コンビニ通いにも慣れてきた。
月曜日になり、銀行で両替もできた。
親父の容体も回復し始めた。
このときになって初めて、クラビーからプーケットに転院したことを知ったという。
退院の日が見えてきた。
ただし、埋め込んだペースメーカーの初期不良をチェックしなければならないので、手術1週間後の診察が済むまでは、航空機搭乗のOKは出せないとのことだった。
退院してから、帰国できるまでは3、4日必要になる。
その間に泊まる宿を探しに、病院の周囲を歩き回った。
1軒のプチホテルを見つけて、宿泊の予約を申し出た。
病院の周辺は、観光地の雰囲気は全くなかった。
下町の庶民の暮らしぶりを垣間見ることができる。
あれほど不安の底に追い込まれたが、少しずつ明るさが見えてきた。
この街が好きになれそうなしてきた。

白い道 その15
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白い道 その13

集中治療室の前の廊下で夜を過ごすのも、これで2晩目になる。
ベンチで横になっていたら、スタッフが毛布と枕を持ってきてくれた。
ありがたかった。
僕の方はともかく、おフクロは相当に疲れているはずだ。
昨日からほとんど食べていない。
手持ちの現金が少なくなっているのも気になった。
親父が倒れたのか金曜日だった。
両替はレートの良いバンコクの両替商でするつもりだったから、クラビーでは必要最小限しか両替をしていなかった。
バーツの残りが少ないのが気になったが、昨日今日がちょうど土日にあたっていたので、両替ができなかった。
カードを使ってキャッシングする方法もあると思ったが、面倒だし操作ミスが怖かったので結局我慢した。
食事も院内にあるコンビニで軽食を買って済ませた。
IDとパスワードをもらって病院内のWi-Fiに繋がることができた。
この時やっと自分のいる位置がわかった。
この病院がプーケット県のどこにあるのかやっと知ったことになる。
プーケットと言えばリゾート地で有名だが、ここは観光地からは離れた下町のようなところだった。
日本にいる姉にも連絡が取れた。
翌朝、手術がうまくいったことを知らされる。
親父も意識を回復した。
その晩に集中治療室から一般病室に移った。
一般病室と言っても大部屋ではない。
この病院の病室は個室しかないとのことだった。
もちろん同行の家族も使っていい。
3日ぶりにシャワーを浴びることができる。
「ホテルみたいだな」率直な感想だった。
「『ホテルみたい』じゃないよ。『ホテルとイコール』なのさ」
案内してくれた看護師の男が笑った。

白い道 その14
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白い道 その12

意思疎通の不便さでは大いに苦労させられた。
難解な発音のタイ語を上手く使うことができない。
2,3回言って理解してもらえればそれは良い方。
上手く言うことができず紙に書いて説明したりもした。
それでも病院のスタッフは、いやな表情を見せることなく、こちらの下手なタイ語に付き合ってくれた。
「申し訳ありません」「お手数をおかけします」
そんな言葉を連発していた。
とは言え片言でもわかれば、まだましかもしれない。
うちのおフクロにしたら全くわからないのだから。
病院スタッフと僕の会話内容がわからないから、一件一件が不安に感じるのだ。
おフクロから聞かれる。
「『ありがとう』ってタイ語で何て言うんだい」
「コープクンカーっていうんだけれど発音難しいからうまく伝わらないかも。そんな時は、両手を前に合わせて拝むポーズをとって『ありがとう』って言えばわかってもらえるよ。日本語の『ありがとう』の意味は、普通のタイ人なら誰でも知っているから」
一回だけ言われたことがあった。
ベテランの看護師の女性だった。
「あなたバンコクに住んでいるの?」
どうやら家族連れでバカンスに来た駐在員と思ったのだろう。
「いえ…僕は日本の九州というところに住んでいます」
「クラビーに来たのはただの観光なんです」
「母親はタイ語が全く分かりません。もし僕が席を外しているときに伝えたいことがあったら、これを使ってください。ご迷惑かけます。」
小さなタイ語の辞書をテーブルに置いた。
直後にきっぱりと言われた。
「あんたはただの観光客ではない。観光客なら辞書なんか使わない」
深く頭を下げた。
ありがたかったのを覚えている。

白い道 その13
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