帰国してからも残務整理があった。
国民健康保険の海外療養費請求をした際に、書類の不足を指摘された。
海外療養費請求とは、海外渡航中に病気やケガで現地の医療機関で治療を受けた場合、治療費の全額を支払い、帰国後に加入している医療保険から海外で支払った医療費の一部の払い戻しを受けることができる制度のことである。
最初に入ったクラビー県の病院での診療内容明細が不足していた。
クラビー県の病院にお礼状を兼ねて、診療内容明細書の作成を依頼した。
タイ語で手紙を書くのにかなり苦労したが、病院はすぐに理解してくれ、即日で文書を作成してくれた。
PDFで送付してくれた。
距離感を感じさせない、スピード感が心地よかった。
海外療養費の結果は、予想以上に低い評価となった。
それでも申請を成し遂げた充実感があった。
「生きて帰れたのだから、まだいい方だ」とおフクロは言っていた。
タイ語と日本語を併記したそのお礼状は珍しかったのだろう。
いまも病院の掲示板に貼られている。
親父もいまは回復している。
その後診察にあたった東京の医師も、レベルの高い手術がされていることを称賛していたという。
「事件」の話題は、いまでも冗談めかして話す。
クラビーの病院で、うわ言のようにつぶやいていたのは、旅行カバンの底に隠していた現金のことだった。
「黒いスーツケースの底に黒い小さいカバンがあって、その中に黒い財布があって…」
「中に入っているのは黒いカネなのかね?」
グーグルマップであの「白い道」を探す。
実際にはきれいに舗装された「黒い道」だった。
その道をまた歩いてみたい。
その時が来るのを心待ちにしている。