アーミー・メソッドとドナルド・キーン  その2

青年は、自分を取り巻く世界の嫌なものすべてから逃れるために、日本という美の国の『源氏物語』の世界に没頭していた。

ニューヨーク市で生まれた彼は、成績優秀により「飛び級」を繰り返し、16歳でニューヨークのコロンビア大学文学部に入学していた。

しかし、明るい将来が見えていたかと言えば、決してそうではなかった。

恐れていた現実が近づいている。

世界は戦争に傾いていたのだ。

たまたま書店で手にした英訳の『源氏物語』に心を奪われた。

暗く将来が見えない不安と恐怖心。

『源氏物語』の世界と自分のいる世界を比べていた。

そこには戦争がなかった。

受講していた「日本思想史」の角田柳作先生が、敵国外国人の嫌疑をかけられ、拘束されたこともあった。

からっぽの教室を見て、自分の学生生活が終わろうとしているのを実感した。

銃剣を持って突撃する自分の姿は想像できなかった。

海軍の語学学校で翻訳と通訳の候補生を養成していることを知り、入学を志願した。

 

海軍語学学校での授業が始まった。

授業は週六日、一日四時間で、毎週土曜日に試験があった。

二時間が読解、一時間が会話、一時間が書き取りだった。

さらに翌日の授業に備えて少なくとも四時間は予習が必要だった。

講師は主に日系人が担当していた。

アメリカで生まれ、日本で教育を受け、アメリカに戻ってきた日系アメリカ人たちだった。

彼らは熱意をもって自分の仕事に打ち込んでいた。

彼らは学生たちの日本語の上達を喜んだ。

講師と学生たちとの間に、強いきずなが生まれるのに長い時間はかからなかった。

11か月のプログラムが終了した。

そのとき彼は、印刷された日本語だけでなく、草書も読むことが出来ていた。

手紙や報告書などを日本語で記すことも可能になっていた。

彼は卒業生総代として「告別の辞」を述べていた。

一年前までは一言も話せなかった日本語でである。

 

海軍の語学学校を卒業した彼の最初の赴任地は、真珠湾であった。

そこでの任務は、押収された日本語の文書を翻訳する作業であった。

文書はガダルカナル島で採集されたものだった。

翻訳は、日本軍の残した日課の報告書のようなものが多く、作業は退屈なものだった。

そんななかで目を引いたもの、それは「日記」だった。

多くは、日本兵の死体から抜き取られたものであった。

血痕が付着していて、不快な異臭がした。

しかし、これらの日記は、時に堪えられないほど感動的で、一兵士の最後の日々の苦悩が記録されていた。

はじめは愛国的な常套句で埋められたページも、戦場で自分の最期が近づいているのを感じるにつれ、偽りを書くことはなくなり、「本当の思い」が綴られる。

なかには最後に英文で伝言が記してあるものもあった。

伝言は日記を発見したアメリカ人に宛てたもので、「戦争が終わったらこの日記を家族に届けてほしい」と書かれていた。

日本の地を踏んだことのない彼が、本当の意味で知り合った最初の日本人は、これらの日記の筆者たちだった。

出会ったその時には、すでに死んでいた人たちではあったが。

のちに日本文学史における日記文学の独自性と豊かさを探求した名著である『百代の過客』が書かれることになるが、その原点となったのは、このときの日記の翻訳体験に他ならなかったのである。

 

1945年4月1日、沖縄に上陸する。

洞窟に隠れた民間人が多かった。

彼は洞窟を片端から歩き回り、中に誰か隠れていないか呼びかけた。

日本兵のなかには自爆する者もいた。

民間人が自殺する姿を目の当たりにしたこともあった。

 

多くの日本人捕虜の中に、記憶に残る若い将校がいた。

学徒兵だった。

この若い海軍将校は、敵としてではなく、同じ学徒兵として話がしたいという。

この海軍将校が彼に尋ねる。

このまま自分が生き続けなければならない理由が何かあるだろうかと。

彼は自信を持って答えた。

生きて、新しい日本のために働くように、と。

 

沖縄での軍務は7月まで続く。

終戦の玉音放送はグアムの収容所で日本人捕虜とともに聞いた。

アメリカ海軍の通訳として日本と対峙していた彼の「戦争」が終った。

戦争がきっかけではあったが、日本語という大きな宝物を得た。

この知識を棄てたくないという思いから、彼はコロンビア大学へ戻る。

日本文学の研究を続け、その後念願かない京都に留学することになる。

川端康成や三島由紀夫など日本を代表する作家との交遊を通じて、文学研究を豊かにした。

数多くの日本の作家の翻訳を手掛けたほか、「源氏物語」や「奥の細道」など日本の古典文学を海外に紹介してきた。

その後、コロンビア大学で教鞭を取る傍ら、日米を行き来していたが、東日本大震災後、日本への永住を決めて日本国籍を取得した。

被災した人々の忍耐強さを目の当たりにしたのがその理由だという。

 

彼はすでに多くの業績を生み出していた。

外国人の学術研究者として史上初めての文化勲章を受章した。

かつての沖縄戦で日本人の投降を呼びかけていた青年。

その後、日本文学の世界に身を投じ、日本人以上にその研究に没頭し、優れた業績を遺した。

多くの人々に愛された彼が、2019年2月に96年間の生涯を閉じたのは、終の棲家として永住を決めた日本の東京であった。

 

 

参考文献

ドナルド・キーン自伝(中公文庫) ドナルド・キーン著 角地幸男訳

日本語教育能力検定試験 完全攻略ガイド(‎翔泳社)

 

 

アーミー・メソッドとドナルド・キーン  その1

「外国語を学び始めたきっかけは」と聞かれれば、「その国が好きだから」とか「その国でもっと自由に旅行したいから」と答えるかもしれない。

学生のなかには、「学校の勉強や入学試験のために仕方なくさせられているから」という答えもあるかもしれない。

しかし勉強を続けるうちに、「仕方ないから勉強する」といった外発的な動機づけから、学習者の内側からくる動機づけに変化していくこともある。

自発的に沸き起こる知的好奇心から、「面白いから勉強する」「外国の人と友達になりたいから勉強する」という内発的な動機づけへの変化である。

それは平和で自由な社会だからこそ可能なのかもしれない。

もし、学び始めたそのときに「戦争」があったとしたら…

 

近世になり産業革命が興り、大量生産が行われるようになり、経済活動が盛んになる。

経済活動が活発になれば、貿易などを通じて人々の国境を越えた行き来が増え、外国語の必要性が高まる。

こうした背景から、19世紀から20世紀にかけてさまざまな外国語教授法が盛んに研究されるようになった。

古典的な「文法訳読法(Grammar Translation Method)」のような、母国語への翻訳を中心にした教授法から脱却し、「ナチュラル・メソッド(Natural Method自然主義教授法)」や「オーラルメソッド(Oral Method)」といった、直接法による教授法、とりわけ聴解力重視した「話せる外国語」の教授法が開発されたのがこの頃である。

そんな中で、最も成果の上がった学習法として知られているのが、アーミー・メソッド(ASTP(Army Specialized Training Program))であった。

戦争遂行のために、諜報活動が必要になる。

そのために兵士に、敵国の言語を習得させなければならない。

それも、短時間で実践的なレベルまで習得させなければならなかった。

そこで行動主義心理学に基づいた教授法が開発されたのである。

行動主義心理学に基づいた教授法とは、外部からの刺激に反応し、それが習慣化すること、つまり教師が刺激を与え、学習者は条件反射的に学習させられるという教授法であった。

かの有名な「パブロフの犬」の理論のごとく、反射的に外国語が発声できるような、ある種人間性を否定させられるような、過激な学習方法でもあった。

 

まったく余計な話ではあるが、日本では同じ時期に、英語は「敵性語」として扱われ、一切の英語教育が排除されていた。

一方のアメリカでは敵国の言語を積極的に教育し、戦略的に活用しようとしていたのである。

この違いは、「言霊」の思想に強く裏付けられた日本人と、そうではないアメリカ人の差なのかもしれない。

アーミー・メソッドプログラムによる授業は、アメリカ人教官とネイティブスピーカーの教官の分業で行われた。

アメリカ人の教官が、読解、翻訳など言語の構造について母語で教え、また、インフォーマントと呼ばれるネイティブスピーカーの教官行う口頭練習からなる授業であった。

インフォーマントは、モデルとしての発話を示す者のことで、日系人が務めた。

モデルが提示された後、ドリルマスターによる口頭での反復練習を行う。

ネイティブによる口頭練習により多くの時間が割かれ、徹底した暗記と反復練習が行われていた。

行動主義心理学に基づく習慣形成という考えが背景にあったため、ネイティブの言語に触れて、とにかくそれを模倣、暗記することで言語が習得されると考えられていたからであった。

口頭練習を指揮するドリルマスターによる集中的な口頭練習は、「練習」というよりも、「訓練」であったのである。

そして、自動的に話せるようになるまで基本文を徹底的に暗記させられていたのであった。

 

このアーミー・メソッドは、短時間のうちに流暢な話者を養成できたメリットはあるものの、反復練習は単調なものになりがちであるうえ、学習者に過度の緊張をもたらしたのも事実であった。

アーミー・メソッドによって日本語を学んだ学生の中に、その青年がいた。

のちに、日本文学研究者となったドナルド・キーン(Donald Keene)である。

 

アーミー・メソッドとドナルド・キーン その2

https://ponce07.com/astp-donald-keene-2

 

 

ジャスミンライス  ข้าวหอมมะลิ

今月に入って、タイへの入国制限が緩和されました。

ワクチンの接種が済んだら、条件付きではありますが隔離なしの入国ができるようになりました。

ようやく…といった感です。

とはいえ入国後にPCR検査が必要であるとか、帰国した時の自主隔離しなければならないなど、気軽に旅行できるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

いましばらくは、様子見の姿勢を崩すことはできないのではないかと思います。

来年こそは、以前のように自由に旅行ができることを切に願っています。

そして、かつて歩いたタイの街を思いながら、自宅でタイ料理を楽しんでいます。

多くのタイ料理の中で、一番好きなものは?との質問をしばしば受けます。

僕の答えはきまって、「お米」です。

ちょっと意外な感じがしますが、それほどまでにタイの米が好きなのです。

タイも日本と同じく米を主食としている国です。

タイ語で“米”を表す「カオข้าว」は、日本でいうところの「ごはん」の意味はもちろん、「食事そのもの」という意味にまで幅広く使われています。

このことは日本と同じです。

「กินข้าวแล้วหรือยัง」は「食事は済みましたか」という意味になりますが、これは人と会った時の一般的なあいさつ表現でもあります。

それほどまでに、米の文化が深く根づいているのです。

 

タイの米は、日本の米とは種類は異なりますが、これがなかなかの美味なのです。

なかでもジャスミンライス(香り米)と呼ばれるタイ米は絶品で、この米がなければ最高のタイ料理が完成しないのではとも思ってしまうくらいです。

 

日本の米とタイ米では、そのイネの品種が異なります。

日本の米がジャポニカ種という品種なのに対して、タイ米はインディカ種と呼ばれる品種になります。

世界的に見ると、このインディカ種のほうがメジャーで、世界の米の生産量のおよそ8割がこのインディカ種と言われています。

タイ米(インディカ米)の特徴としては、その長細い形と粘りが少ないのが特徴です。

タイ米を主食とする地域では、炊いた米にカレーなどの汁物をつけて食べたり、チャーハンなどのように野菜や肉、香辛料などと共に炒めて提供されたりすることが多いのです。

カオ・ホム・マリข้าวหอมมะลิをはじめ、いろいろな銘柄の米が売られている。

 

ジャスミンライス(香り米)とは、タイ米の中でも最高級ブランド米として世界で知られている米です。

ジャスミンライスは、タイ語で「カオ・ホム・マリข้าวหอมมะลิ」といいます。

ข้าว=米 หอม=良い香り มะลิ=ジャスミンの意味になります

米に特別な香りをつけているのではなく、品種そのものに豊かな香りがあるのです。

ジャスミンライスは、日本のササニシキやコシヒカリなどのような高級品種のひとつで、他の米とは違って、味や香り、粘りなどが特に素晴らしく、タイ米の中でも最高級品と言われているのです。

一般のタイ米は粘りが弱く香りが少ないのに対して、タイ米の最高級品であるジャスミンライスは、一般のタイ米と比べ、甘味が強く味わいのある米として高い評価を受けています。

実際の炊きたてのジャスミンライスを何もつけずにそのまま口にすると、その特徴がわかります。

日本の米のように強い粘りはありませんが、インディカ種によくある粘り気が全くなく米同士がくっつかないというほどではありません。

軽い粘りがあるといった感じです。

味については、米そのものの味が強烈に主張されることはありませんが、ほんのりとした甘みがあり、シンプルでどんなおかずにも似合いそうなやさしい味わいです。

香りは強く、炊飯器で炊いているときから、独特の香りがキッチンに広がります。

この独特の芳しい香りが食欲をそそることから、ジャスミンライスは世界各国でタイ米の最高級品種として受け入れられているのでしょう。

 

タイ米は日本の米と違って、粘り気が少なく、水分を吸収しづらい特徴を持っているため、カレーなどのような汁物との相性が良いのです。

ジャスミンライスを使ったタイカレーはまさに最高の相性となります。

日本の米でカレーを食べると、元々の粘り気のあることとライスそのものが水分を吸収しやすいため、カレーとライスを混ぜ合わせたときに、ベトベトした食感になってしまう感が否めません。

日本のカレーのようなとろみのないさらさらのタイカレーには、水分が少なくパラパラとした食感のタイ米のほうが相性が良いのです。

粘りや水分量が少ないジャスミンライスは、カレーの旨味を引き立てる最高のパートナーなのです。

 

タイ米の炊き方はいたって簡単です。

日本の米と同様に炊飯器で炊くことができます。

タイ米は日本の米のような糠(ぬか)が少ないので、炊く前に入念に研いでおく必要はありません。

研いでしまうと、ジャスミンライスのいい香りを失うことになります。

米の粒が長いため、割れないように軽く洗っておけば足ります。

炊く前にしばらく水に浸けておく必要もありません。

水に浸けてしまうと、お米が柔らかくなってしまい、ジャスミンライスの特徴であるパラパラした食感がなくなってしまいます。

やさしく水で洗ったあとは、米と水の割合を1:1にし、急速モードでスイッチを入れるだけです。

このジャスミンライスは日本でも購入することができます。

有名なゴールデンフェニックスのジャスミンライスは、コストコや一部の輸入食材専門店などで購入できるほか、通販でも購入できます。

タイカレーやガパオなどのタイ料理を作るときは、併せてこのジャスミンライスをお使いいただくことをおススメします。


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メナムの残照  คู่กรรม

先日、タイの女流作家であるトムヤンティ氏がお亡くなりになりました。

トムヤンティ氏と言えば、思い出されるのは、小説「クーカムคู่กรรม(運命の人)」(邦題「メナムの残照」)ではないでしょうか。

この小説は、第2次世界大戦末期のバンコクを舞台に、日本海軍将校とタイ人女性の悲恋を描いた作品で、タイでは知らない人はいないほどの有名な作品です。

これまでに映画やテレビドラマで何度もリメイクされているほどの秀作です。

小説「クーカム」は日本語にも翻訳され、邦題では「メナムの残照」として、角川文庫から発表されていました。

(メナムแม่น้ำ は川の意味。ここではチャオプラヤ川を指しています。)

残念ながら現在は絶版で、ずっと読みたかったのですが、その機会になかなか巡り合うことができませんでした。

あるとき、当時通っていた図書館でなにげに検索したところ、幸運にも閉架図書にあったことがわかりました。

さっそく借りてきて、その黄色く変色した文庫本を、夢中で読みふけったのを思い出します。

 

2013年版映画の予告編

 

この作品が描かれた当時の情勢について、少し補足しておきます。

当時の東南アジアは、ビルマとマレー半島をイギリスが、インドシナ半島(現在のベトナム、ラオス、カンボジア)はフランスが植民地として支配している状況でした。

その狭間に位置するタイは、英仏両国の緩衝地帯という地理的な条件と持ち前の外交手腕により、東南アジアのほとんどが欧米の植民地下にあったのにもかかわらず、独立を保っていた唯一の国でした。

日本の置かれていた状況は、アメリカ、イギリスやオランダを中心とした連合国軍との交渉が決裂してしまいます。

日米開戦後は、日本は南方に進出する道を選びます。

タイ政府は、日本と同盟関係を結んでいました。

その一方で、留学生を中心に「自由タイ運動」が組織され、抗日情報活動が展開されていたのです。

日本軍としては、ビルマやマレー半島への攻撃の兵站基地として、タイへ駐留することは絶対的な条件でした。

時のタイ政府は、独立を守るために、日本軍のタイ駐留を認める選択を取らざるを得なかったのです。

バンコクの中心を流れる大河チャオプラヤ川。

その西側のトンブリー地区に、この作品のヒロインとなるアンスマリンが暮らしていました。

母子家庭でありながら苦学の末に大学に進学したアンスマリン。

母親と祖母の3人で、トンブリーの川のほとりの家でつつましく暮らしていました。

近所に小さな古びた造船所がありました。

市場での噂話が聞こえてきます。

「あの造船所は買収されることになるらしい。」

「なんでも造船所を買収するのは外国人らしい。」

造船所を買収したのは、日本の海軍だったのでした。

その造船所の所長として赴任したのが、この作品のもう一人の主人公である小堀大尉その人でした。

 

この小堀という男からは、軍人にある猛々しさのようなものはあまり感じられません。

この点については軍の司令官であった叔父とは、全く違っていました。

茶道の師範であった母の影響もあり、華道や茶道、料理を好むような男でした。

着任後は率先してタイ語の習得に励むようになります。

また彼は規律やルール重んじて、不公平を嫌う男でもありました。

「我が国とタイ国は同盟関係にあります。したがって、その処遇は平等でなければなりません」と語り、タイとの友好関係を損なわないよう常に努めていたのです。

自分の部下であっても不始末をやらかした者には鉄拳制裁も辞することはありません。

貴重であったマラリヤのワクチンをタイ人に提供したこともありました。

もちろん、軍事力を背景にタイへの駐在を決めた日本軍なのですから、地元民からすれば「所詮侵略者なのだろう」と歓迎されるはずはありません。

しかし小堀のこうした誠実さが、次第に地元の人々に伝わっていき、「あの所長は信用できる」「日本人は好きになれないが、小堀は別」と言わせるまでに至るのです。

 

そしてチャオプラヤに続く運河で、アンスマリンと小堀が運命的な出会いを果たします。

彼女は進軍してきた日本軍への反感を抱きながらも、誠実な小堀に次第にひかれてゆくようになります。

そして二人は恋仲になるのか…?!。

でも、それは簡単なことではなかったのです。

 

なお、作品のなかで小堀がアンスマリンのことを「ヒデコ」と日本式に呼んでいます。

小堀は、アンスマリンの母であるオーンに尋ねます。

「アンスマリン(อังศุมาลิน)とはどういう意味なのですか」

庭に出たオーンは、空を指さし、「ああ、それは『お天道様(พระอาทิตย์)』の意味さ」と答えたのです。

それを聞いた小堀は、「日出子さんですね。ผมเรียกฮิเดโกะ(=ヒデコと呼びますね)」と言い、それから「ヒデコ」と呼ぶようになったのです。

タイ語では普通は太陽のことをอาทิตย์またはพระอาทิตย์と言いますが、古風な言いかたとして、サンスクリット語に由来するอังศุมาลินという言葉も存在するのです。

解説はこのくらいにしておきます。

あとは、見てからのお楽しみ…ということで。

 

 

メナムの残照 Part-1(日本語字幕あり)

https://www.dailymotion.com/video/x55exrf

メナムの残照 Part-2(日本語字幕あり)

https://www.dailymotion.com/video/x55f1er

 

 

このトムヤンティ氏の父は、かつてタイ国の軍人であったかたです。

そこで日本軍との接点があり、日本人の勤勉さを知ることになったそうです。

「小堀」は実在する人物ではありません。

しかしこの誠実な日本人将校の姿は、トムヤンティ氏自身が父から聞いた日本人観をベースに描かれているのです。

 

またアンスマリンの揺れ動く感情は、当時のタイの置かれた状況を表しているとも言えます。

表面上は日本と同盟関係を結んでいるものの、裏では「自由タイ運動」が抗日運動を展開していた状況を表現しているのです。

日本人への反感を捨てきれないながら、誠実な小堀にひかれてゆく。

しかしその一方で、自由タイ運動に身を投じた初恋の人を忘れてはいない。

恋愛小説ではありますが、こうした歴史的な背景を重ね合わせることで、また違った面白さがわかるのかと思います。

この2013年の映画作品は、大物俳優が起用されたこともあり、たいへんな反響であったといいます。

主題歌は、タイ語と日本語の両方が使われるなど、豪華さも際立っています。

作品を見たタイの多くの若者が、日本に対してより興味を持つようになったとも言われています。

このような偉大な作品を残していただきましたトムヤンティ氏に深く感謝申し上げます。

そして改めて御冥福をお祈り申し上げる次第です。

 


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ビンディングペダル   

ビンディングペダルとは、足とペダルを固定させるための専用のペダルのことです。

靴底にビス止めされた「クリート」と呼ばれる樹脂製あるいは金属製の止め具を金具でペダルと足を固定して、人間の脚力を直接ペダルに伝える働きがあります。

一般的に自転車は「ペダルを踏んでペダルを回す」動作になるわけですが、ビンディングペダルは「踏む力」だけでなく、下から上に足を上げる時の「引く力」も、ペダルに伝わります。

つまり、ペダリングの効率を上げるメリットがあります。

フラットペダル(平らな普通のペダル)とスニーカーであれば、「踏む力」のみで自転車を進めていくことになりますが、ビンディングペダルとビンディングシューズの組み合わせなら、「踏む力」と「引く力」2つの力で自転車を進めていくことになるので、ペダリングの効率がいいのです。

長く走れば走るほど、フラットペダルとビンディングペダルでは疲労度が違ってきます。

またペダルに足の裏を固定できるため、常に一定のフォームでペダリングをすることができ、これも効率の良いペダリングに有効です。

またペダルと足がすべらない、踏み外すことがないメリットもあります。

ペダルとシューズがくっついているので、雨でシューズが濡れたときやバランスを崩しかけたときであっても不意にペダルから足が外れることがありません。

そのため、走行中の落車のリスクを回避することができるのです。

ビンディングペダルは足とペダルを固定させるので、危ないというイメージがあるかもしれませんが、こうした落車事故を防いでくれる一面もあるのです。

SPDペダル シマノのPD-M520

 

ビンディングペダルのデメリットとしては、やはり「立ちごけ」のリスクを伴うことです。

立ちごけとは、停車中あるいは停車しようとするときに、足が固定されているので、とっさに足を出すことができず、そのままその場に倒れてしまうことを言います。

停止するときにシューズがペダルから外れず転倒するケースや、停車時に片足のビンディングを外さずにいたらバランスを崩して転倒するケースがよくあります。

ビンディングペダルを導入したら、公道以外の場所で、はめ外しの練習をする必要があります。

また、赤信号などで停車するときは早めにペダルを外しておくことを意識すれば立ちごけの可能性を減らすことができます。

 

ビンディングペダルの種類は、おもに2つの種類に分けられます。

SPDとSPD-SLの2種類です。

これらはいずれも大手メーカーのシマノのビンディングペダルで、この2種類が国内のメジャーなモデルということができます。

SPD-SLは3本のネジで固定されるクリートが使われており、シューズとペダルとの設置面が広く、踏みこむ力がペダルに効率よく伝わります。

3本のネジでしっかりと固定されるため、シューズの着脱は固めになります。

またSPD-SL用のビンディングシューズは、靴底に出っ張る形でクリート(ペダルと固定させる止め具)がついています。

自転車を降りて歩くときは、この出っ張ったクリートが干渉するので、つま先を持ち上げた状態で歩くことになり、歩きにくいうえに滑りやすいという欠点があります。

走行中はいいのですが、自転車をいったん降りてしまうと、歩きにくく使いづらくなってしまうのです。

SPD-SLは、走ることだけを考えたロードレーサー向けのペダルということができます。

一方のSPDペダル用のビンディングシューズは、2本のネジで固定される小さい金属製のクリートが使われており、クリートは靴底に隠れるような構造になっているので、歩行がしやすいのが特徴です。

固定する力はSPD-SLより劣りますが、容易に脱着ができるので、街乗りのように付け外しの多い場面に適していると言えます。

SPD用シューズのクリート

 

また、シューズの特徴も両者では大きく異なります。

SPD-SLのシューズは、レーシーなデザインや、力が良く伝わる硬くて薄いカーボン素材の靴底のモデルが多くなります。

SPDはマウンテンバイク用や、タウンカジュアルにも使えるデザインのシューズもあり、靴底はやや厚みがあり、SPD-SLのように歩行には向いていないということはありません。

以上のメリットとデメリットを総合的に勘案すると、クロスバイクで気楽に街乗りを楽しむ志向のライダーにお勧めのビンディングペダルは、「SPD」ペダルと呼ばれる規格のペダルになると思います。

SPD用のシューズ 見た目は普通の運動靴

 

僕が導入したビンディングペダルは、SPDです。

シマノの「PD-M520」を選択しました。

https://bike.shimano.com/ja-JP/product/component/deore-m6000/PD-M520.html

マウンテンバイク用のビンディングペダルですが、コンパクトなうえに両面とも使えるタイプ(シューズの固定は両面でできる)であり、使い勝手は非常に良いと思います。

SPDであれば、クリートの出っ張りを気にして歩きにくいということもありませんので、自転車を降りてちょっとした買い物や食事、観光などを楽しむこともできます。

クリートのはめ外しにもすぐに慣れましたので、立ちごけの経験はいまのところありません。

 

クロスバイク愛好者で、フラットペダルをお使いのみなさま。

ビンディングペダルの導入を検討されてみてはいかかでしょうか。

効率の良いペダリングは思いのほか快適ですよ!

 

 

冒険のススメ แบ็คแพ็คเกอร์  バックパッカーとして旅を続けるための要件とは

 

新型コロナウイルスの勢いは未だ収まる気配はなく、海外渡航は事実上不可能な状態が続いています。

僕が大学生の頃は、バックパッカーとしてアジアのいたるところに一人で気ままな旅をしていました。

そしてその時の数多くの経験が、現在の自分を形成していると思っています。

それを考えるといまの大学生は、そのような「冒険」をする機会を奪われ、残念でなりません

このコロナ禍が過ぎて、自由な海外旅行が再開されたら、若い世代のかたには是非とも旅という名の「冒険」に挑戦していただきたいと思います。

さて、ここで旅をするうえで、考慮していただきたい要件について4点ほどお伝えしたいと思います。

1 できれば一人で行く

海外での旅となれば、危険はいつもついて回ります。

日本と比較すると治安の良いとは言えない国や地域が圧倒的に多いのです。

一人旅など危険極まりないと考える方も多くいらっしゃるかと思います。

それでも、僕は一人旅という「冒険」をおススメします。

いざ旅に出れば、泊る宿屋や食事をする飯屋を探すのも、移動するための交通機関の手配なども、すべては自分自身でこなしていかなければなりません。

これが、自分の行動力を鍛えるいいチャンスなのです。

と同時にこうした行動を重ねることで、失敗しない方法やリスクを避ける技術が身に付くのです。

例えば、仲の良いA君とB君の二人組で旅に出たとします。

もしA君が語学力に優れていれば、交渉事の担当はすべてA君に任せられてしまいます。

これではB君はA君に頼るばかりで行動力を鍛えることはできません。

語学力ばかりではありません。

仲の良いCさんとDさんの二人組がいます。

積極的で行動的なCさんと控えめで交渉事を苦手とするDさん。

このようなケースでは交渉事の担当はCさんに偏ってしまいます。

どちらかが、積極的で行動的な性格であれば、交渉事の担当は一方偏ってしまい、他方は何もしないまま終わってしまいます。

これでは、お互い不平不満が出て、長い旅の継続は難しくなってしまいます。

価値観の異なる者同士が長期間一緒に旅を続けるのは、時として苦痛なときもあります。

行きたいところの好みや食事の好みなど、意見が分かれるのが常なのです。

その点、一人旅であれば、誰に気を使うことなく気ままに自由に行動できるのです。

なお、ホテルなどに宿泊するときに、一人よりも二人でシェアしたほうが安上がりになるという意見もあります。

経済的な側面を考えれば、確かにそれは一理あります。

でも、あまり心配には及びません。

これは実際に旅に出てみればわかることですが、バックパッカーの集まるようなところには、同じように一人旅をしている人が何人かいるものです。

日本語の分かる者同士であれば、気楽に情報交換もできます。

その中で気の合った者がいれば、相部屋を提案して、宿代を割り勘にすればいいのです。

2 できれば発展途上国へ

渡航先として先進国を選ぶこと自体は、決して反対するわけではありません。

しかし、先進国であれば、何もかもが便利過ぎることも多く、「冒険」としての要素が低くなってしまいます。

その点発展途上国となれば、移動や宿泊などの設備が必ずしも快適であるとは限りません。

時には空調設備のない列車や木賃宿を利用しなければならないこともあります。

時には清潔感に難のある交通機関や宿泊先に遭遇することもあります。

英語も通じないような地方都市もあります。

不便と言えば不便ですが、こういう所こそ、行動力が鍛えられるので、かえって旅のし甲斐があるとも言えるのです。

言葉もわからない中で、戸惑いながらもフワランポーン駅でバンコクからチェンマイまでの切符を買ったこと。

その夜行列車の中の風景は今でも深く記憶に残っています。

ネパールのポカラからインドのヴァーラーナシーまでの1泊2日のバスの旅は、かなり強烈でした。

車内はひどく混雑しているうえに道は悪路で揺れは酷く、途中の飯屋では粗末な食事にありつくのがやっとでした。

途中の木賃宿で蚊の羽音に悩まされながら一晩を過ごしたことなども記憶に残っているのです。

こうした苦労話もいまとなっては笑い話のネタになっています。

先進国の一流ホテルに泊まって、一流のレストランで極上のディナーを楽しむのもいいでしょう。

しかしそれは日本にいるときと、大した違いのない経験になってしまいます。

だとしたら、その旅行の思い出は後々までに永く記憶に残るのかどうか…

せっかくの旅なのです。

後々まで、深く記憶に残るような貴重な体験をしていただきたいと思います。

3 予約は不要

パッケージツアーという旅行商品があります。

宿泊先から、観光名所や食事処、土産物屋まで行き先のスケジュールが細かく決められて、旅行者はコンダクターに従って行動すればいいようなものです。

僕はこのようなパッケージツアーを利用したことはありません。

というより利用したいとも思いません。

旅の醍醐味は「冒険」を感じることです。

先ほども書きましたが、旅先では泊る宿屋や食事をする飯屋を探すのも、移動するための交通機関の手配なども、すべては自分自身でこなしていくものなのです。

こうした経験が、自分の行動力を鍛えていくものなのです。

他人の指示通りの旅行などは、本当の意味での旅とは言えません。

僕が初めてタイを訪れたときは、事前に渡航先での交通機関の手配やホテルの予約などはしていませんでした。

持って行ったのは2月20日に出国し、3月30日に帰国するバンコク行きの往復航空券、それといくらかの旅行用小切手と現金のみでした。

泊り先などは、その場で空いたゲストハウスを探しては、その場で決めるとういう行き当たりばったりのパターンでした。

今でこそAgodaやTrip.comなどの予約サイトがありますが、ゲストハウスのような安宿では、そもそも予約という概念に乏しく、当日部屋が空いていれば泊れるというおおらかなやりかただったのです。

一人であれば何とかなります。

仮にそのゲストハウスが満室であっても、たいていは近隣に同じようなクラスの安宿があるので、心配ありません。

これまで宿泊先がなくて困ったということはありませんでした。

何かのイベントの開催時期だとかピークシーズンでもない限り、事前に宿泊先を予約しておく必要はありません。

4 現地の食文化に親しもう

僕が海外に旅行するときは、日本料理屋に行くことはありません。

地元の食文化に親しみたいので、食事はもっぱらローカルフード(現地食)です。

確かに、ローカルフードとなれば、どんな材料が使われているのか、どんな味付けなのか見当もつかないことが多々あります。

注文の仕方がわからないことも多いです。

アジアの安食堂の店先で得体のしれないおかずを指さして、「試してみる」こともよくあります。

強烈に辛かったり、油っこかったり、塩辛かったり….

しかし僕はあえてローカルフードを選び、またそれを楽しんでいます。

食はその地域の文化を最も反映したものだと言われています。

食材や香辛料などの使われ方には、その土地の文化が色濃く表れているのです。

例えばタイは世界でも有数な米どころです。

一か所の水田で年に2回の米の収穫が可能で、所によっては3回も可能です。

しかしその米もただ炊いて食べるだけでは、さすがに飽きがきます。

そこで、炊いた米を炒めたり、煮たりするなど調理方法に様々な工夫がなされます。

また、米を粉にして麺(いわゆるビーフン)にする方法も生まれています。

その麺も日本のそうめんのような極細麺から、幅がきしめんの2倍はありそうな極太麺まで様々な太さがあります。

麺の食べ方も、スープの有無あるいはスープの種類、具材や味付けの違いなど実に様々バリエーションがあります。

その世界はかなり奥が深く、たいへん興味をそそります。

ところが旅行者の中には、タイの料理はすべてが激辛なのだろうという先入観にとらわれて、ローカルフードにまったく箸を出そうとしない者もいます。

そして彼らは、日本料理屋やファストフード店に走ることになります。

実にもったいないと思います。

ここはひとつ「冒険」して、その土地の文化を舌で感じてほしいものです。

いかがでしょうか。

これらは僕のバックパッカーの経験としての推奨事項です。

これがいいのか、そうでないのかの判断は各々に委ねます。

その点を熟考のうえ、参考にしていただければと思います。

それでは…よき旅を!


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「氷を入れますか?入れませんか?」ใส่น้ำแข็งหรือไม่ใส่น้ำแข็ง

暑さが厳しくなりました。

この季節、冷蔵庫でキンキンに冷えたビールを味わうのは、まさに至福の時です。

チューハイやハイボールなど、冷やして飲む酒には氷が入っているものですが、ビールには入っていません。

日本では、極限まで冷やしたビールはありますが、氷を入れることは決してありません。

ビールに氷を入れるという発想そのものが存在しないと言ってもいいでしょう。

以前のブログ「左党(https://ponce07.com/drunkard/)」で、タイではビールに氷を入れる飲み方が一般的であると書きました。

はじめの頃は、氷を入れたらビール本来の味が薄まってしまうようで、なんとなくもったいないような気がして、入れないことが多かったのを覚えています。

しかし、暑い南国でのこと。

それも、オープンなテラスでの食事も多かったので、テーブルに置かれたビール瓶の中身は、すぐにぬるくなってしまいます。

ぬるいビールほど興ざめするものはありません。

より冷えたビールを楽しむために、氷を入れてビールを冷やしているのです。

こうした習慣はタイの他にもベトナムやミャンマーにもあるようです。

また、氷を入れて飲むのを前提にしているという理由もあり、東南アジアのビールは日本のビールと比べてアルコール濃度が少し高めになっているものが多いのです。

氷を入れることで、ビールにはおもに3つの変化が起こります。

まず挙げられるのは、温度の変化です。

氷に触れることにより、ビールの温度は一気に下がります。

次に、味が薄くなることが挙げられます。

氷を入れるということは、当然ながら氷が溶けて水になるわけですから、ビールの風味は薄まります。

それともうひとつ、炭酸が抜けやすくなります。

氷の入ったグラスにビールを注ぐと、氷なしのときと比べて、多くの泡が立ちます。

それと同時に、炭酸が抜けていきます。

そのため、のどごしの爽快感がやや減退してしまうのが難点です。

温度が低下することで、ビール自体の成分が変化し、それによって味や風味が変化するということが生じます。

しかしそれをどう受け止めるかは、飲む人次第です。

風味は若干薄まってしまうけれども、冷たくて軽い味わいのビールのほうが飲みやすいという人もいるかもしれません。

このような人は、氷入りがいいのかもしれません。

反対に、ビールそのものの味をしっかり楽しみたいという人には、氷を入れて飲むことはお勧めできません。

「氷を入れますか?入れませんか?」

飲食店でビールを頼むと、きまってこう聞かれます。

そこで、試しに現地風にならって、氷を入れてみることにします。

アイスペールに盛られた角氷が出されます。

なるほど、暑いタイでは、何を飲むにしても氷が欠かせないのです。

たしかにビール本来の味は薄まります。

しかし、この氷によってさらに冷やされたキンキンの感覚が心地良いのです。

また、最初の一杯は「氷なし」で、2杯目以降は「氷入り」でという選択もできます。

いまとなっては、氷入りに抵抗感がなくなりました。

飲食店では、きまって氷を頼むようになりました。

いかがだったでしょうか?

日本ではビールに氷を入れるなどということは、邪道でしかありません。

しかしながら、東南アジアでは当たり前のようにビールに氷を入れているのです。

ビールに氷を入れることでのメリットがありますし、必ずしも「邪道」とは言い切れないのです。

東南アジアへの旅行が再開されたら、現地で氷を入れたビールを試してみてはいかがでしょうか。

タイ語の表現で、氷入りは「ใส่น้ำแข็ง」、氷抜きは「ไม่ใส่น้ำแข็ง」となります。

なお、氷入りは店にもよりますが、たいていは有料です。

この店では、メニューに「グラス1杯なら2バーツ」「アイスペール1杯なら10バーツ」と記載されています。

氷は有料のときもあります


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観光の再開について

タイの観光地であるプーケット県は7月1日、隔離期間なしでの観光客の受け入れを再開した。

タイ政府は新型コロナウイルスによって壊滅的な打撃を受けた観光業の復活を期待し、ワクチン接種済みの旅行者に限り、隔離期間なしで入国を許可する制度、いわゆるプーケット・サンドボックスと呼ばれる制度を導入した。

条件付きではあるが、隔離措置なしでの観光客の受け入れを再開したのである。

外国人観光客は到着時に専用のスマートフォンのアプリのインストールを求められ、その動きは政府機関の管理センターに追跡される。

また観光客が宿泊できるホテルは、政府の安全基準を満たした施設のみとなる。

しかしこうした制度がある一方、変異株の感染拡大で、タイ国内の新規感染者は引き続き発生しており、首都バンコクと近郊には感染対策の制限が課されている。

6月30日には、1日当たりの死者は、53人と過去最多となった。

懸念材料の多い中、政府は予定通りプーケット・サンドボックスを開始した。

プーケット県民の多くは観光の再開を待ち望んでいた。

タイを訪れる観光客は毎年約4000万人で、これが国内の経済を支えている

国内総生産(GDP)の約18%を観光業が占めるとも言われている。

国外からの観光客が消えたことは、経済的に大打撃と言える。

特にプーケットやスラータニーなど観光名所を多く持つ県での、被害は甚大だ。

新型コロナウイルス拡大の影響で、プーケットでは8割以上のホテルが休業しているという。

ここ1年ほどプーケットの白い砂浜は静けさの中にあったのである。

このプーケット・サンドボックスの導入のため、プーケット県民の3分の2は、ワクチンの接種を済ませたという。

日本での状況はどうかというと、東京では新規感染者が減る見込みは依然ない。

感染力が強いとされる変異株の拡大が大いに気になる。

またオリンピックの開催で外国からの人の流入が増加している点も気になるところである。

切り札とされるワクチンの接種は遅々として進んでいない。

タイ保健省が定める感染リスク評価で日本は「高リスク」に属している。

タイ人の目からは、日本は「危険」とみなされているのである。

プーケット・サンドボックスについても、タイ政府は日本からの渡航者はビジネス目的に限るとしている。

観光目的での入国は、ワクチン接種済みでも現時点では隔離検疫が必要な状況である。

こうしたニュースを見る限り、明るい兆しはまったく見えてこない。

感染の防止と経済の再生を両立させることは難しい。

感染拡大のためにあらゆる措置を講じていくことは必須である。

しかし、疲弊した経済を放置することもまた許されない。

健康でなければ経済活動もできないが、仮に経済が完全にストップしてしまえば、たとえ健康であっても、我々の生活は成り立たないのである。

このプーケット・サンドボックスは、今後スラータニー県のサムイ島、パンガン島、タオ島にも適用される見込みという。

経済再生のための政策は、今後も拡大されると思われる。

日本に住んでいる者にとって、海外への渡航など時期尚早な話に過ぎない。

我慢のときが続くのは仕方がない。

プーケットやスラータニー、クラビの海岸を懐かしく思う。

いつの日か、再び訪れることを夢見ている。

時間が困難を解決させてくれる。

こうした中で自分たちにできること。

それは個々人が感染防止に努め、ハイリスクな行動を慎むことなのである。


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เสียใจ…「心を壊す」

タイ語の「ใจ」は、おもに「心」「気持ち」「気質」を表します。 

この単語も、使われる頻度が高くかつバリエーションに富んだ単語で、奥の深い面白いことばということができます。

以前、「熱い心と冷たい心 ใจร้อนและใจเย็น」と題して、「ใจ」に修飾語をつけることで、さまざまな感情を表現する語法を紹介しました。

今日は、さらにこの「ใจ」を使った感情表現を紹介してみたいと思います。

 

กลับ〈戻る〉+ใจ〈心〉=กลับใจ 改心する

กำลัง〈力ちから〉+ใจ〈心〉=กำลังใจ 気力 やる気

ให้〈与える〉+กำลัง〈力〉+ใจ〈心〉=ให้กำลังใจ 元気づける 励ます

เสีย〈失う〉+กำลัง〈力〉+ใจ〈心〉=เสียกำลังใจ やる気をなくす

เข้า〈入る〉+ใจ〈心〉=เข้าใจ 分かる 理解する

เจ็บ〈痛い〉+ใจ〈心〉=เจ็บใจ 心が痛む 悔しい

ใจ〈心〉+กว้าง〈広い〉=ใจกว้าง 心が広い 度量の広い

ใจ〈心〉+แคบ〈狭い〉=ใจแคบ 心が狭い 度量が狭い 狭量な

ใจ〈心〉+จืด〈淡泊な〉=ใจจืด 冷淡な

ใจ〈心〉+ดำ〈黒い〉=ใจดำ 不親切な

ใจ〈心〉+จืด〈淡泊な〉+ใจ〈心〉+ดำ〈黒い〉=ใจจืดใจดำ 冷酷な

ใจ〈心〉+ดี〈良い〉=ใจดี 気の良い 親切な 優しい

ใจ〈心〉+น้อย〈少ない〉=ใจน้อย 怒りっぽい

ใจ〈心〉+เย็น〈涼しい〉=ใจเย็น 冷静な 心の落ち着いた

ใจ〈心〉+ร้อน〈熱い〉=ใจร้อน 気が短い 短気な せっかちな

ใจ〈心〉+ร้าย〈悪い〉=ใจร้าย 残忍な 意地の悪い

ใจ〈心〉+เร็ว〈速い〉=ใจเร็ว 気の早い せっかちな

ใจ〈心〉+สู้〈戦う〉=ใจสู้ 意気込みのある 挑んでいく気力のある

ใจ〈心〉+หาย〈無くなる〉=ใจหาย びっくりする

ชวน〈誘う〉+ใจ〈心〉=ชวนใจ 魅力的な

ดี〈良い〉+ใจ〈心〉=ดีใจ 嬉しい 気を良くする 喜ぶ

ตก〈落ちる〉+ใจ〈心〉=ตกใจ 驚く びっくりする

ตัด〈切る〉+ใจ〈心〉=ตัดใจ あきらめる

ตัด〈切る〉+สิน〈断つ〉+ใจ〈心〉=ตัดสินใจ 決心する

ตาม〈従う〉+ใจ〈心〉=ตามใจ 好きなように 甘やかす

น้อย〈少ない〉+ใจ〈心〉=น้อยใจ ひがむ 恨めしく思う

น้ำ〈水〉+ใจ〈心〉=น้ำใจ 思いやり

เบา〈軽い〉+ใจ〈心〉=เบาใจ 気が楽になる ほっとする

ประทับ〈印を押す〉+ใจ〈心〉=ประทับใจ 感動する

แปลก〈変な〉+ใจ〈心〉=แปลกใจ どうしてだろうと不思議に思う

พอ〈十分な〉+ใจ〈心〉=พอใจ 満足する

ล่อ〈誘う〉+ใจ〈心〉=ล่อใจ 誘惑する

โล่ง〈広く開けた〉+ใจ〈心〉=โล่งใจ ほっとした 気が晴れる

ไว้〈置く〉+ใจ〈心〉=ไว้ใจ 信用する 信頼する

เศร้า〈悲しむ〉+ใจ〈心〉=เศร้าใจ 悲しい 悲しむ

สบาย〈安楽な〉+ใจ〈心〉=สบายใจ 不安や不愉快なことがない 気持ちのすっきりした

เสีย〈壊れる〉+ใจ〈心〉=เสียใจ 残念な 心残りな 遺憾である

หนัก〈重い〉+ใจ〈心〉=หนักใจ 気が重い 心配だ

หลาย〈数々の〉+ใจ〈心〉=หลายใจ 移り気な

หัก〈折れる〉+ใจ〈心〉=หักใจ あきらめる 心を抑える

เห็น〈見える〉+ใจ〈心〉=เห็นใจ 同情する

อุ่น〈温かい〉+ใจ〈心〉=อุ่นใจ 安心する 心の温まる

เสียใจ…

「心を壊す」と書いて、「残念な」「遺憾な」「悲しい」という意味になります。

何とも言えない悲しい表現ですが、ある意味で的を射た表現とも言えます。

そもそも「เสีย」には、次に示すようにさまざまな意味がありますが、基本的にはネガティブなマイナスイメージのニュアンスになります。

①(時間やお金が)かかる (時間やお金を)かける、費やす (時間やお金を)使う (お金を)払う

 เสียเงิน お金がかかる お金を払う

 เสียภาษี 税金を払う

 เสียเวลาห้าวัน  五日かかる

②壊す、壊れる、だめにする、故障する(建物・機械・物・体調・感情・人間関係など)

 นาฬิกาเสีย 時計が壊れる

 เสียเด็ก 子供をだめにする

 อารมณ์เสีย 気分を壊す

③失う、損なう

 เสียกำลังใจ やる気をなくす

④損をする(バクチに負けてお金などを取られる)

 เสียพนัน バクチで損をする

⑤腐る

 เสียแล้ว กินไม่ได้ 腐っていて食べられない

⑥死ぬ

 เสียชีวิต 死ぬ

 

เสียใจと似た表現にเจ็บใจがあります。

เจ็บใจは、「เจ็บ=痛み」を伴う感情で、プライドを傷つけられたとか、人に裏切られたとかいうときの「くやしさを伴う感情」ということができます。

これに対してเสียใจは、試験に落ちたとか、仕事でうまくいかなかったとかいうときの「期待が叶わなくて残念だ」ということができると言えます。

例文を挙げます。

เจ็บใจมาก อีกแค่นิดเดียวก็จะชนะ

くやしいなあ あとちょっとで勝てたのに

ผมพูดแรงเกินไป ทำให้แฟนเสียใจ

僕はきついことを言って恋人を傷つけた

เสียใจที่สอบไม่ผ่าน

試験に合格しなくて残念だ

ขอแสดงความเสียใจ

お悔み申し上げます

桜咲く季節から2か月が過ぎました。

五月病や六月病のように、新しい環境になじめずに、心を痛めている人もいるかと思います。

職場や学校などで心ない言動を受けて、心を痛めている人もいるかと思います。

「本人の心が弱いから」との意見もありますが、けっしてそれだけが原因ではないのです。

いずれも周囲の同僚や仲間の協力があれば、乗り越えることができるのではないかと思うのです。

そう考えると非常に残念でなりません。

เสียใจ…

壊れた心を癒すためには、どんな手当てが必要なのか。

いつもそのことを考えています。

 

今回のコラムで使いましたタイ語表現は、以下の文献を参考にさせていただきました。

プログレッシブ タイ語辞典(傍士豊編著 小学館発行)

タイ日辞典(岡滋訓著 ボイス発行)

 

なお僕自身がただいま勉強中です。

誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただければ幸いです。


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タイヤについて

前回に引き続き、クロスバイクの話題をひとつ…。

クロスバイクのタイヤは、シティサイクル(俗に言うママチャリ)に比べると、やや細めのものが使われていることが多いということは前回お話したところです。(「クロスバイク(2021年4月29日投稿)」)

タイヤが細ければ接地面積が減るため、加速性が向上します。

実際に乗ってみると、その軽さが実感できると思います。

その軽さは車体の重量だけでなく、タイヤの細さにも起因しているのです。

単にタイヤが細いということだけでなく、バルブの形状も空気圧も両者では異なります。

シティサイクルなどの一般的な自転車の場合は、通常英式バルブ(イングリッシュバルブEnglish Valve)と呼ばれる形状のバルブが多く使用されています。

この英式バルブは、虫ゴムと呼ばれるゴムチューブを弁として使い、ポンプの加圧により虫ゴムが伸縮することで弁の開閉がなされます。

空気入れは、先端に洗濯バサミのような形をしたクリップがついているタイプのものを使用します。

もっとも多く使用されているバルブ形式ですが、デメリットとしては、空気圧の調整が難しく高圧には適さない点が挙げられます。

ちなみに英式バルブの使用時の空気圧は3気圧(300kPa・3bar)程度になります。

 

これに対して、クロスバイクのバルブには、通常仏式バルブ(フレンチバルブFrench Valve)が使用されています。

仏式バルブは高圧に耐えられる構造のバルブ形式で、主にスポーツ車に多く使用されます。

空気圧調整が容易で、英式バルブと比較して軽量な点も仏式バルブの特長です。

高い空気圧を保つ必要があるため、空気入れは仏式用のものを使い、かつ通常は空気圧計のついたものを使います。

タイヤを触ってみるとわかりますが、カチカチの状態になるほどたくさんの空気を入れることになります。

仏式バルブの使用時の空気圧は5~9気圧(500~900kPa・5~9bar)程度になります。

仏式バルブ

 

タイヤの空気は走行の有無に関係なく、時間の経過とともに少しずつ抜けてしまうので、サイクリングに出かける前には、空気を入れなおし空気圧のチェックを行う必要があります。

これは、パンクの防止のために是非とも行うべきでしょう。

自転車のパンクの原因の多くは、「リム打ちパンク」です。

リム打ちパンクとは、歩道の縁石などの段差に勢いよく乗り上げたときに、路面とリム(車輪の全体の形状を支えている金属部分)の角の間にチューブがはさまれて起きるパンクです。

リム打ちパンクの場合、2か所が切れたような穴がチューブに開きます。

ヘビが鋭い牙で噛んだ穴のように見えるので、スネークバイトとも呼ばれます。

タイヤの空気圧が不足している場合(タイヤが柔らかい状態)は、特にリム打ちパンクが起こりやすいのです。

 

クロスバイクに乗り始めたころは、細いタイヤに「パンクしやすいのでは?」と不安に感じたこともあります。

しかし、タイヤのメンテナンス(特に空気圧のチェック)をこまめにすることと、段差を避ける乗り方を心がけることで、パンクはある程度回避することができると思います。

僕はクロスバイクに乗るようになってからは、幸いなことにパンクの憂き目に遭ったことがありません。

その要因としては、乗車前に空気を入れなおすことを習慣づけたことが大きかったと考えています。

出かける前には、空気圧の点検をお忘れなく…

空気圧を確認しながら、空気を入れていきます

 

少し補足です。

タイヤのサイズと適正空気圧についての表示は、次のようになっています。

「700×28C/120PSI」

700 → タイヤの外径を、ミリメートルで示しています

28 → タイヤの幅(太さ)を、ミリメートルで示しています

C → リムの大きさを表す記号です

120PSI → 最大空気圧を、psiで示しています(120psi≒827kPa)