「新しい生活様式」と自転車乗り

最近、自転車が見直されていると言います。

新型コロナウイルス感染症の拡大によって、人々は「新しい生活様式」を送るようになり、これが定着しつつあることがその背景にあります。

都心部では混雑した電車通勤を避けて、クロスバイクなどの軽快な自転車に乗り、通勤や買い物などに出る人が増えているのです。

ある知人が、健康のために自転車を使ってみようと、近隣の自転車屋に出向いたのは良いが、お目当ての自転車は、「取り寄せ」になるという。

それも、注文してから納車までの日が長く、だいぶ待たされているようです。

店主の言によれば、最近は納車までの日数がだんだん長くなっているとのことです。

なるほど。

「新しい生活様式」により、密を避けて、自転車を利用したいと考える人が急増したので、自転車の生産がなかなか追いつかないのでしょう。

クロスバイク乗りの僕としては、自転車愛好者が増えること自体は、たいへんに結構なことと思います。

しかし、今回のこの事情は、正直に言って手放しでは喜べない部分もあるのです。

それほどまでに、新型コロナウイルスの影響が後退していないのだから。

11月になって、新型コロナウイルスの新規感染者がさらに増えて、これまでにないような勢いで多くの感染者が日々発生しています。

感染者がこれほど急増しているのにもかかわらず、政府は観光業や飲食業への経済対策としての、「Go To トラベル」や「GoToイート」を、中止あるいは縮小する考えは持っていないようです。

増え続ける新規感染者を政府がコントロールしているとは、まったく言えない状況なのです。

そのおかげで、タイ政府は日本を「中度感染危険国」とみなしているのです。

都市封鎖に踏み切るなど、徹底的な対策をとり、新規感染者の増加を抑え込んだタイとは対照的な結果となっています。

非情に歯がゆく感じているのは私だけではないと思います。

その結果、特別観光ビザを利用した、日本からの外国人観光客の入国は、現在許可されていない状況にあります。

(※特別観光ビザについては、前回の記事 https://ponce07.com/thai-visa/「ビザについてวีซ่าไทย」

で紹介しています)

これでは、年末年始の旅行はもちろん、来年もあるいは再来年も旅行に出られるとは思えません。

航空業界では、国際線の運航水準が新型コロナウイルス感染前の水準に戻るのは、2024年頃になると予想しているとも言われています。

タイへの渡航への道は、事実上閉ざされていて、回復する見込みはまったく立っていません。

このブログでは、これまで数多くのタイの魅力をお伝えしてきました。

それがいまでは、お伝えすることが難しく、またその気力も減退しつつあります。

非常に残念です。

新型コロナウイルスの早期の収束のためには、多くの英知の集結と多くの国民の協力が必要なのではないでしょうか。

 

日傘 ร่มกันแดด

最近は朝夕に涼しい風が吹いて、過ごしやすくなりました。

今年の厳しかった夏も、ようやく終わったといった感じがします。

例年と違って、僕の始めた新たな試みは…

それは「日傘を使い始めた」ことです。

夏そのものは決して嫌いではないのですが、昼日中に炎天下の市街地を歩くのに、とにかく苦痛に感じるようになったからです。

アスファルトに覆われたビル街は、ヒートアイランド現象のせいもあり、気温が40度近くになる日も珍しくありません。

単に暑いというのではなく、強い日差しが直接当たる頭に痛みを感じるようになったからです。

そんな意味で、頭を強い日差しから保護する日傘に注目したのです。

とはいえ、男子たるものが人前で日傘をさすのは、大いに抵抗があるもの。

しかし、背に腹は代えられないとの思いから、日差しの強い日に限って、日傘をさすようになりました。

思い切って試してみると、これがなかなかの優れものです。

照り返しと蒸し暑さはあるものの、頭の痛みについてはかなり軽減されるようになりました。

環境省のレポートによれば、帽子のみをかぶった場合と日射を99%以上カットする日傘を使った場合との比較を行った結果、日傘をさした場合、汗の量が約17%減ることのこと。

http://www.env.go.jp/press/106813.html

また、体感温度を10度近く下げる効果もあるという報告もあります。

さて、「常夏の国」のイメージのあるタイでは、日傘のイメージはどうでしょうか?

日本よりもずっと日差しが強く、また夏の期間が長いタイですが、日傘を使っている人は少数派であるように感じます。

街でも日傘が売られているのをほとんど見かけません。

日焼け止めのクリームやサングラスは、よく売られているのですが、日傘に関しては意外と取り扱われていないのです。

なぜそうなのかは不思議なのですが、これは習慣の違いなのかもしれません。

ですので、タイへの渡航を計画されているかたは、必需品のひとつに日傘を加えてもいいと思います。

強い日差しを嫌うのは、タイ人も同じです。

というよりも、タイ人のほうが、その嫌悪感を顕著に表しているようにも見えます。

バス停でバスを待つ人も、屋根があるところであれば、当然にその下で待っています。

屋根のないところでも、近くに電柱などの影があれば、そこでバスを待っているのをよく見かけます。

ことあるごとに、「イェンサバーイ(เย็นสบาย=涼しくて気持ちがいい)」を連発する彼らのことですから、強い日差しを毛嫌いするのは当たり前なのです。

 

遮光性の高い日傘を使えば、まるで木陰にいるような涼しさを体感できます。

高品質の日傘がタイで普及するのは、時間の問題のように思います。

いつの日か、バンコク市内にも「日傘男子」が闊歩する日が来るかもしれません。

 

 


タイ(海外生活・情報)ランキング

冷静に考えて予防のための行動を…

ここ数日、メディアでは新型コロナウイルスの話題で持ちきりです。

世界的に流行し、かつ日本国内での感染者が確実に増えている状況ですから、これは仕方ありません。

タイ在住の知人からも、日本の状況を気遣い、そして多くの励ましの言葉を頂きました。

本当に感謝しております。

現在は、タイから日本へは渡航が自粛されている状況です。

こうした状況下では、日本からタイへの旅行も中止せざるをえません。

早く事態が安静化して、自由に旅行ができる日が戻ってくれることを心待ちにしています。

さて新型コロナウイルスに感染したらどうなるのでしょうか。

これまでにないタイプのウイルスなので、感染力が強いと言われているようですが、実際のところその実態はまだよくわかっていません。

一部の高齢者や病弱者には重症化する人もいるようですが、多くの人は無症状ないし軽症とも言われています。

また感染ルートとしては、くしゃみや咳などの飛沫感染とウイルスが付いた手すりやつり革などをつかむことによる接触感染があると言われています。

その予防のために、手洗いやうがいをこまめにするとか、咳の症状が出ているときは、外出を控えるとか、やむを得ず外出しなければならないときはマスクを着用するなどの感染防止策が必要とされています。

しかしこうした予防策は、これまでのインフルエンザ流行の際にも繰り返し言われていることなのです。

また仮に感染しても、有効な薬はなく、栄養と休養をとって自然に症状が和らぐのを待つ「対処療法」しか方法がないと言います。

こうした決定的な有効策がないという点でも、通常の風邪やインフルエンザの症状に似ています。

ですから、結局のところ、自ら感染の防止に努めるなければならないということと、万が一感染しても、休養して自然に回復するのを待つだけという結論なのです。

僕が学生時代にバックパッカーのような旅行をしていた時は、風邪などの発熱や下痢などの症状があっても、さほど慌てることもなかったような気がします。

長く旅行をしていれば、体調を崩すことは、よくあることなのです。

バックパッカー連中は体調が悪くても、特に何をするでもないタフな人が多かったように思います。

あるベテランの旅行者の話を聞いたのを思い出します。

風邪などの発熱があるときはどうしていたのかというと、「よりたくさん食べて、持っている衣類を重ねて着こんで寝てしまうだけ」とのことでした。

汗をかいて寝ることを2~3日繰り返せば、回復できるというわけです。

また、激しい下痢に襲われたときはどうしてしたのかというと、「一切の食事を絶って、水しか飲まない」とのことでした。

一日絶食すれば、たいていは次の日には回復しています。

このべテランの旅行者は、薬もあまり使わないようでした。

ましてや、医者にかかるようなことはめったにないようでした。

つまりここでも、「自然に回復するのを待つ」のが基本的なスタイルなのです。

いまの日本人は何らかの体調の異常が見つかったら、まず病院や診療所を探します。

国民皆保険の制度により、診察時の自己負担は低く抑えられています。

その一方、処方箋がないと効果の高い薬を買うことはできません。

一方タイ人の場合は、まず症状にあった薬を探します。

診察料は相対的に高く、特に私立病院ではかなり高額の負担になるため、受診は慎重になります。

その一方、薬局では比較的自由に薬を購入できます。

軽度の症状であれば、コンビニエンスストアでも薬を購入することができます。

日本では公的な保険が充実していて、国民誰もが軽い症状であっても気軽に受診ができます。

しかしその一方で、保険料負担は高額で、かつ税の負担も過大で、国民は相当な公的負担を強いられているのが現状です。

反対にタイでは、薬代が安価で簡単に購入することができます。

しかしその一方で、公的な保険では給付が少なく、満足な診療代をカバーすることができません。

そのため、裕福層は自ら民間の保険商品を選んで、これに加入することになります。

どちらの制度が優れているのか、判断は極めて難しいでしょう。

病弱の人とそうでない人によってもその判断は異なりますし、裕福な人とそうでない人によってもその判断は異なります。

どちらがより良いのかという答えは、各人に委ねたいと思います。

ただし、これだけは言えます。

公的な保険が乏しい社会では、必然的に自分で考えて行動することを余儀なくされるという点です。

トイレットペーパーはどこも品切れ(2020.03.01)

 

今回の新型コロナウイルスの騒動で強く感じたことは、自分の身は自分で守らなければならないという点です。

日本は、政府が手厚い保険制度を用意したおかげで、医療機関に受診しやすい社会です。

そのおかげで重症化を未然に防ぐことのできる優れた社会であるのは事実です。

しかしその一方で、自ら判断し、予防しなければならないという発想に乏しくなっているようにも感じます。

昨日も近所のスーパーやドラッグストアで、マスクやトイレットペーパーを求める長い行列を見ました。

いずれも人も苛立った様子で、店内は非常に混乱していたようです。

「トイレットペーパーがなくなる」などという、ちょっと考えれば明らかにウソと分かるようなデマにも簡単に流されています。

どう見ても、落ち着いた考えの大人の行動には見えません。

冷静に考え、自ら予防のための行動をとることが求められると私は考えます。

 


タイ(海外生活・情報)ランキング

タイと日本の関係をつないだ「プラー・ニン」 ปลานิล เชื่อมสัมพันธ์ไทย-ญี่ปุ่น

今日は「即位礼正殿の儀」が行われる日。
天皇陛下が内外に即位を宣明され、皇室の新たな時代が正式に始まることになります。
さきに退位された上皇ご夫妻は在位中、海外と多くの交流を持たれ、親交を深められました。なかでもタイ王室とは長く緊密なつながりを続けています。
3年前に崩御されたタイのプミポン国王陛下とは、50年以上にわたり、家族ぐるみの親交を重ねられてきたと言われています。
上皇陛下が皇太子だった半世紀以上も前、プミポン国王陛下国王(当時)に贈った淡水魚の稚魚がきっかけで養殖が始まったティラピアが、タイ国民の食生活を支えていることは、よく知られています。

上皇陛下が皇太子時代の昭和39年にタイを訪れた際、プミポン国王陛下からタイの気候に合う養殖魚がないかと相談を受けます。
魚類学者でもある皇太子明仁親王(当時)は、タイ王国の食糧事情を知り、アフリカ原産で繁殖力が強いティラピアの存在を伝え、この養殖を提案します。
その後東宮御所で養殖したティラピア50匹がタイに贈られることになりました。
国王は首都バンコクの宮殿の池で繁殖を成功させます。
その後、国内各地の貯水池やダムに放流され、食用として広まったのです。
魚のタイ語名は「プラー・ニン(ปลานิล)」と呼ばれており、この上皇さまの名前、明仁の「仁」(ニン)の字に由来するともいわれています。
ปลานิล เชื่อมสัมพันธ์ไทย-ญี่ปุ่น タイと日本の関係をつないだ「プラー・ニン」

ปลานิล เป็นปลาน้ำจืดที่อาศัยอยู่ในแม่น้ำไนล์ ทวีปแอฟริกา เข้ามาในประเทศไทยโดยมกุฎราชกุมารอากิฮิโตะ ได้ทรงเลือกลูกพันธ์ปลาแท้ 50 ตัว ส่งมาทูลเกล้าฯถวายพระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวรัชกาลที่ 9 เมื่อปี พ.ศ. 2508 เนื่องจากทรงทราบว่าพระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวรัชกาลที่ 9 ทรงกำลังหาพันธ์ปลาที่เลี้ยงง่าย ขยายพันธ์เร็ว และสามารถอยู่ตามแหล่งน้ำธรรมชาติได้ เพื่อแก้ปัญหาประชาชนไทยขาดโปรตีนเนื้อสัตว์ราคาย่อมเยา

プラー・ニンは、アフリカ大陸のナイル川に生息する淡水魚で、皇太子明仁親王(当時)によってタイに送られました。ラマ9世(プミポン国王陛下)が繁殖しやすい魚種を探していることから、1965年に国王陛下に50匹の稚魚が献上されたのです。廉価な動物性たんぱく質が不足していたタイの庶民の食生活を改善するために、天然の水源で生育可能で、繁殖が容易な魚種が求められていたのでした。

พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวรัชกาลที่ 9 ทรงทดลองเลี้ยงปลานิลในวังสวนจิตรลดา ซึ่งเป็นหนึ่งในโครงการส่วนพระองค์ สวนจิตรลดา จากนั้นจึงพระราชทานให้กรมประมงนำไปเลี้ยงตามสถานีทดลอง และแจกจ่ายแก่พสกนิกร และปล่อยลงไว้ตามแหล่งน้ำต่าง ๆ พร้อมกับพระราชทานชื่อว่า “ปลานิล” โดยมีที่มาจากชื่อแม่น้ำไนล์ (Nile) ในทางวิชาการเรียกสายพันธุ์ปลานิลนี้ว่า “ปลานิลสายพันธุ์จิตรลดา”

ラーマ9世(プミポン国王陛下)は、チットラダ宮殿でティラピアを育てようと試みました。これはロイヤルプロジェクトの1つであり、その後水産局の試験場での養殖することとなりました。養殖は成功し、国民に配布されました。ナイル川に由来したことから呼ばれた「プラー・ニン」、正式には「チットラダ宮殿由来のプラー・ニン」と呼ばれたこのプラー・ニンは、国内の様々な水源に放流されることになります。

ปัจจุบันพบว่าผลผลิตจากการเพาะเลี้ยงปลานิลในประเทศไทยมีปริมาณสูงมาก เป็นอันดับหนึ่งของสัตว์น้ำจืดที่ได้รับการเพาะเลี้ยง ปลานิลเป็นปลาที่มีราคาไม่สูงมาก จึงมีการบริโภคกันอย่างแพร่หลายทั่วไทย และยังได้พัฒนาผลิตภัณฑ์ในรูปแบบต่างๆเพื่อส่งออกไปทั่วโลก ทำให้มีรายได้เข้าประเทศอย่างล้นหลาม

現在、タイでは多くのプラー・ニンが養殖されて、淡水魚としては第一位の数を誇ります。プラー・ニンはそれほど高価ではありません。したがって、タイ全国で広く消費されています。 また、世界中に輸出するためのさまざまな形の商品が開発され、相当の収入を国にもたらしています。

ปลานิลจึงเป็นผลสำเร็จอีกอย่างหนึ่งจากสัมพันธภาพที่แน่นแฟ้นระหว่างสองประเทศและสองพระราชวงศ์ตลอดเวลาที่ผ่านมา

プラー・ニンは、長きにわたる両国と両国の王室との緊密な関係を示す象徴な存在となりました。
引用元
https://www.studyatoz.com/article.php?id=3202

タイ語の勉強はまだまだ発展途上です。
もっと良い訳し方がある!
という先輩がいらっしゃれば、ご一報ください。
お待ちしています。

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国旗と国歌 ธงชาติและเพลงชาติ

ラグビーのワールドカップが日本で開催され、国内各地で競技が行われています。
またキャンプ地に選ばれた各地でも、外国チームを歓迎する様々なアトラクションが行われているようです。
なかでも、外国チームそれぞれの国旗を掲揚し国歌を斉唱するアトラクションは、各国の関係者に好意的に受け止められているようです。
これらは主に地元の児童生徒らが参加したもので、この「おもてなし」は、外国チームの選手や関係者にとって感動的な演出だったようです。

自国の国旗や国歌を尊重する姿勢は大切なことです。
そして、その考え方は幼少のときから教育されるべきものと言えるでしょう。
自国の国旗や国歌を尊重できない人は、他国の国旗や国歌を尊重できるはずがありません。
国際的に活躍できる日本人を育てていくのであれば、まずはこういうところから始めていくべきだと僕は考えています。

今日はタイの国歌を紹介します。
この国歌が採用されたのは1939年のことです。
この頃は、第二次世界大戦の直前で、戦時色が濃くなっていた時期と思われます。
アジア各国が次々と列強諸国の植民地とされていた状況のなか、独立を維持し続けたタイ。
その誇りと、独立を守り抜き、そして他国の支配は決して許さないという強い決意が、この歌詞に盛り込まれています。
国歌制定後、これを国民に広く知らせるために、毎日朝8時と夕方の午後6時に公共の施設や広場で流されることになりました。
それは、現在でも受け継がれています。
毎日朝8時と夕方の午後6時の時報に合わせてテレビやラジオで流されています。
この時間に駅行けば、国歌の演奏中は全員が起立している姿を目にすることができます。
学校など国旗掲揚台があるところでは、朝の国歌斉唱時に国旗が掲揚され、夕方の斉唱時に降ろされます。
下の映像は、テレビで実際に使われているものです。
演奏の前には以下のメッセージが読まれています。

ธงชาติและเพลงชาติไทย เป็นสัญลักษณ์ของความเป็นไทย
เราจงร่วมใจกันยืนตรงเคารพธงชาติ ด้วยความภาคภูมิใจในเอกราช
และความเสียสละของบรรพบุรุษไทย
タイの国歌と国旗、それはタイの象徴である
私たちは心を合わせまっすぐに立って国旗を尊重すべし
独立の誇りとタイ人の先祖の犠牲を思い

https://www.youtube.com/watch?v=YTgVDlE1HII
https://www.youtube.com/watch?v=1OzPq9NONiw

เพลงชาติ 
タイ王国国歌
ประเทศไทยรวมเลือดเนื้อชาติเชื้อไทย
เป็นประชาธิปไตยของไทยทุกส่วน
อยู่ยืนยงดำรงไว้ได้ทั้งมวล
ด้วยไทยล้วนหมายรักสามัคคี
ไทยนี้รักสงบแต่ถึงรบไม่ขลาด
เอกราชจะไม่ให้ใครข่มขี่
สละเลือดทุกหยาดเป็นชาติพลี
เถลิงประเทศชาติไทยทวีมีชัย ชโย
タイ国はタイ国民の血肉を集め合わせたもの
タイ全土はすべて国民のもの
すべてを維持できているのは
タイ国民すべてが団結を愛しているから
タイは平和を愛するが 闘うことになれば怖じ気づくことはない
独立は誰にも抑圧させはしない
国家のためにすべての血の滴を犠牲にする
タイ国家に勝利あれ 万歳!

なお国旗はธงไตรรงค์ (Thong Trairong・三色旗)と呼ばれています。
赤・白・青の3色のタイ国旗は、青は「国王(王室)」を、白は「宗教(仏教)」を、赤は「国家、国民」を表しており、1917年に制定されたものです。


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食のタブー その3

写真は東京の池袋にある蘭州ラーメンの店で撮影したものである。
このラーメンは、中華料理につきものの豚肉は一切使用されていない。
蘭州ラーメンのスープは豚骨を使わず、牛骨で作られたものである。

蘭州ラーメン

蘭州とは、そもそもどこの地方なのか?
蘭州は、中国甘粛省の省都であり、中国の中央部に位置している都市である。
古くからシルクロードの要衝の地で、ムスリムが多い土地柄である。
ちなみに、ラーメンを漢字で表現すると「拉麺」となるが、この「拉」は、「引っ張る」という意味を持っている。
つまり、ラーメンは小麦粉をこねて「引っ張って」作った麺のことを言う。
この蘭州ラーメンは蘭州の回族が始めた郷土料理のひとつだったのだが、ラーメンのルーツともいえる存在だ。いまとなっては中国国内はもとより、東京にも店が進出するほどの人気を博している。
この池袋のラーメン店では、蘭州ラーメン以外にも、サイドメニューがある。もちろんそれらも、イスラム式である。
写真のケバブ(串焼きの肉)は、羊肉である。
羊肉のケバブ

他にも、羊のタン(舌)や羊のハツ(心臓)などを使ったメニューも用意されている。
毎日羊肉を同じように調理していれば当然に飽きてくる。
そのため、内臓などほかの部位を使ったり、別の調理方法を使ったりする。
香辛料のよく効いた羊のケバブは、なかなか旨かった。
しかしあまりゆっくりと食事を楽しむわけにもいかなかった。
ちょっと早めに入店したのだが、正午頃には店は、客でいっぱいになっていた。
店を出ると、店の前には入店待ちの行列ができていた。
なかにはヒジャブを着用した女性もいる。
このラーメン店は、ハラールフードの取り扱い店でもあるのだ。
日本では、まだまたハラールフードを扱う飲食店は限られている。
東京のような大都市でも、その数は多いとは言えない。
だから、ムスリムが外食しようとしても、入店できる店は限定されてしまう。
★撮影 蘭州拉麺店火焔山(東京都豊島区池袋2丁目)
ハラール認証のマーク(一例)

訪日する外国人が急増している。
2020年の東京オリンピック開催の時期は、その数はさらに増えるに違いない。
東京の街にも多種多様な外国語表記が登場するようになって、国際化の進展を実感することができる。
その一方で、現在全世界に16億人以上のムスリムがいると言われているが、彼らに対する理解はまだ十分に浸透しているとは言えない。
日本人が真の意味での「おもてなしの心」を持つことが望まれる。

 

 
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食のタブー その2

宗教観や生活様式などの理由が食のタブーを生じさせているので、そのタブーは相当に根が深い。簡単に変えられるものではない。
イスラム教徒は、この世に唯一の神(アッラー)を信じて、その教えを日々実践して生活している。この日々の実践のなかにはもちろん食事も含まれる。
したがって食事のつど、神の教えで禁じられた食品や成分を避ける。こうした行為は信仰の実践に他ならないのである。
かつて日本の入国管理局のある支局で、収容しているイスラム教徒であるパキスタン人の男性に宗教で禁じられている豚肉を誤って提供したことが大きな問題になった。
給食業務を受託した業者が、誤ってベーコンを混入させてしまったという。男性は支局の給食を拒否して抗議の意志を示し、水や栄養剤だけを口にするハンガーストライキを始めた。
入管側は「確認が不足していた」と陳謝したが、これが国際問題にまで発展してしまう。
多くの日本人には理解しにくいが、ムスリムはそれほどまでに神の教えを厳格に実践するのだ。
イスラムの経典であるコーランには、「あなた方に禁じられたものは死肉、流れる血、豚肉、アッラー以外の名を唱えて殺されたもの」と定められている。
他の動物は食べてよいのに、なぜ豚だけは禁じられているのだろうか。
豚はもともと涼しい気候を好む動物であり、中近東地域のように日差しの強い乾燥した土地での生活に弱い。そのうえ汗腺がないので、体温を下げるために、泥水の中を転げまわることがある。
豚は反芻をしないために牧草や野草で飼うことができない。人間も食べることのできる穀物の類を与えなければならない。
こうした習性ゆえに、豚がいかにも不潔に見られるのも無理はない。
気候的な条件から飼育するのが困難な豚は敬遠される。豚がいなくてもまったく問題はなかった。羊や山羊、鶏など食用にできる動物が他にもたくさん飼われていたからである。
イスラムが始まった1400年前のアラビア半島では、豚は不必要であり、不浄な存在でしかなかったのに違いない。
こうした気候や地理的な条件などから、「豚=不浄のもの」という禁忌が生まれ、現在までに受け継がれているのだ。

食のタブー その3
https://ponce07.com/food-prohibitions-3/


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食のタブー その1

飲食において宗教、文化上の理由でタブー(禁忌)とされる特定の食材を「食のタブー」と呼ぶ。社会の特定の集団には各々独自の食文化があるので、それがいくつかの食べ物にたいして禁忌感を与えることになる。対象になる食材は、おもに動物の肉である。
この「食のタブー」のよく知られた事例としては、イスラム教徒が豚を不浄の動物とみなしていることから豚肉を食べることはない。また、ヒンズー教徒が牛を神聖なものとして尊ぶことから牛肉を食べることはないことなどである。事実、イスラム教の経典であるコーランには豚肉を食べてはならないと定められているといい、ヒンズー教では神々が宿る聖牛を食べると輪廻転生の最下段に堕ちると教えているという。
また、宗教上の理由ではないが、長年の生活習慣の違いによって生じる理由もある。牛や馬などの役畜や犬や猫などの愛玩動物など、特定の動物に対する心理的な感情から背徳感を呼び起こし、食用とすることができないものもある。日本にもっとも近い国である韓国でも、日本との差異がある。多くの韓国人は、日本人が馬肉を食べるのに驚嘆するという。しかし、日本人は韓国人が犬肉を食べると聞くと眉をひそめる。
鹿肉や猪肉の場合はどうだろうか。人それぞれに評価の分かれるところだろう。写真は、長野県軽井沢町のレストランで撮影したもので、鹿肉を使ったカレーと鹿肉と猪肉を使ったパスタである。このレストランの看板メニューでもあり、注文する者は多い。
味のほうは、間違いなく美味と言える。

鹿肉のカレー

鹿肉と猪肉のパスタ

★撮影 軽井沢ベジビエ(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東)

日本に住んでいれば、食品売り場には、さまざまな種類の獣肉が販売されており、この食のタブーを意識することはあまりない。ところが、外国に出てしまうと、途端にこの問題に直面することになる。
イスラム圏を旅行すればわかることだが、こうした地域では、羊肉が中心になる。毎日が羊肉といってもいいくらいなのだ。羊肉の独特の臭いになじめない人はかなりのストレスになるのではないだろうか。
一方タイでは仏教徒が大半なので、食に対するタブーは、他のアジア諸国に比べると少ないほうなのかもしれない。
しかし一部のタイ人は牛肉を避ける。観音信仰を持つタイの仏教徒は、牛を食べない。これは、観音様の出家を反対した観音様の父親が、生まれ変わって牛になったとの信仰に由来している。つまり、観音様の父親に敬意を表して食べないというのである。
また、牛は農耕の際に使われる役畜としての役割が大きかったので、牛肉を食べるのに抵抗感を持つ者が多かったのもその理由である。
さらに言えばタイにも、特に南部には、少数派ではあるがムスリムもいるので、彼らが決して豚肉を口にすることはない。
南部のクラビー県・ムアンクラビー郡の公設市場内の食肉売場は、一般の売場とムスリムのための売場(ハラルフード売場)に分けられていたのを覚えている。
仏教国のタイでも、ムスリムに対する配慮がきちんとなされているのがわかる。

食のタブー その2
https://ponce07.com/food-prohibitions-2/


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食べ残しの文化

先日 職場での懇親会の席で、3010(サンマルイチマル)運動と書かれた見慣れない表示を目にしました。
この3010(サンマルイチマル)運動とは、食品のロスを減らすための運動のことだったのです。
これは「宴会の開始から30分間と、閉宴10分前には席に座って食事を楽しみましょう」というところからきたものです。

日本は、食料自給率が相当に低いのにもかかわらず、食べられる状態にもかかわらず廃棄される「食品ロス」は多いと言います。
消費量全体の2割にも相当する量が「食品ロス」になっているという統計もあります。
僕自身は、普段は食べ残しをするようなことは、ほとんどしません。
しかし、歓送迎会や忘年会などの宴会の席では、食事よりもトークのほうが優先され、席を移動して飲みながら話をしたりすることが多くなり、食べ残しをしてしまうこともあります。
良くないこととわかっていながら、完食する前に、宴席がお開きになってしまうことも少なくありません。
こうしたことから、「宴会の開始30分と閉宴の10分前には席に座って食事を楽しみましょう」という3010運動は、食品ロスをできる限り減らそうという意味でたいへん意義のあることと思います。

日本では、食べ残しの習慣は否定的です。
食べ残しは、「もったいない」「行儀が良くない」と考える人が多いのです。
一方タイでは、食べ残しの習慣は、あまり問題にされません。
食べ残して、捨てることに抵抗を感じる人は少ないと言います。
やはり、そこは熱帯の国。
年に2~3回も米が収穫できるうえに、野菜や果物も豊富に獲れる土地柄なので、食べ物にさほど執着する必要がないのでしょう。
また、別の問題として、暑さゆえに食品の傷みも早いので、食べ残したおかずを、あとでまた食べるというような発想は生まれにくいのでしょう。
こうして、食べ残しは次々に廃棄されることになります。
例外は、僧侶の世界です。
僧侶は托鉢などを通して、寄進された食べ物は、すべて消費します。
頂いたものを廃棄するのは、非礼と考えているのです。
そのおかげで、最近は肥満に悩む僧侶が増えているという話も聞きます。

食事はおいしく適量に

とはいえやはり食べ残しの習慣は、やはり好きにはなれません。
もったいないのはもとより、その料理を作った料理人にも失礼でしょう。
食品ロスを廃棄するためのコストも負担しなければなりません。
食べ残すくらいなら、最初から注文しなければいいのです。
逆に、注文した以上は、最後まで食べるべきです。
旅先ではおいしそうなものに目移りして、あれこれと必要以上に注文してしまいがちです。
適量の注文をして、食べ残しをすることのないように気をつけたいものです。

あなたの性格 その3 ลักษณะนิสัยของคุณ

「その考えを改めろ!」という言葉をよく聞きます。
いつもどこかで毎日のように繰り返されている言葉だとは思いますが、どうしても好きになれない表現なのです。
家庭では親が子に対して、学校では教師が生徒に対して、職場では上司が部下に対して…
叱責とともに使われるのが
「その考えを改めろ!」
「その性格を直せ!」
でもちょっと待ってください。
よく考えてみてください。
行動の元になっている性格というものは、一朝一夕に形成されたものではないのです。
そう簡単に変えられるものではないのです。
タイ語で性格を表す表現としては、通常は「นิสัย」 を使いますが、それよりももっと深い表現として 「สันดาน」 という表現があります。
この สันดาน という言い方は、「深く根付いた性格なので変えようがない」という、かなりきつい表現になります。
「矯正する」を意味する「ดัด」 と合わせて 「ดัดนิสัย」 と言えば「性格を改めろ」となります。
しかし「ดัดสันดาน」 とは通常は言いません。
もしそのような表現をしたとすると、それは罵りにも似たかなり激しい表現になってしまいます。
「โรงเรียนดัดสันดาน」 と言えば、それは「少年院」を意味するのです(โรงเรียนは学校の意味)。
「改めろ」という以上は、当たり前のことですが「話し手が正で、聞き手が誤り」という前提に立っているのです。
どちらの立場が正しいのか、本当のところはわかっていないこともよくあります。
いま自分で「これが正しい」と思っても、後になってよく考えてみると、それが誤りだったこともよくあります。
それにもかかわらず、話し手の言うことが常に正。
声の大きい者の言うことが常に正になってしまうのです。
冷静な議論は置き去られて、どこに正義があるのか、よくわからない状況になってしまうのです。
ここで、相手を叱責することが、果たして適切なのでしょうか。
「その考えを改めろ!」と責めることが、相手に有益なのでしょうか。
怒りをあらわにする前に、落ち着いて考えてみてください。
改めて思い出してください。
「あなたのその性格は、あなた自身の運勢によって制約を受けるものなのです
そのことをよく覚えておきなさい」
それは運命なのです。
それはdestinyなのです。
熱くなって怒ってみたところで、仕方のないのです。
怒りをあらわにして相手を責めたことが後になって滑稽に思ったり、後悔の念に駆られたりする日がきっと来ることでしょう。


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