一道少年 その3

一道少年が受けた警策は、修業とは程遠い壮絶なイジメであった。
「罰策」(ばっさく)・「罰警」(ばっけい)言われる、いわば「ペナルティ」として警策が使われることもまったくないわけではないが、一道少年が受けた警策は、いいがかりとしか言いようのないイジメであり、リンチでしかなかった。
大館の寺に修行に来ていた若い修行僧は、みな秋田県内の寺院から来たいわゆる「お坊ちゃん」であった。
よそ者で、継ぐべき寺もない貧乏な育ちであった一道少年は、その先輩僧の恰好の餌食にされた。
いわれのない理由や、些細なことにいい掛かりをつけては、一道少年を呼びつけ、寄ってたかって警策でメッタ打ちにしたのである。
背中は傷だらけで、その傷が癒えることはなかった。
情け容赦ないメッタ打ちは、時としてその警策が折れるほどだった。
一道少年は、次第に絶望の淵に追い込まれていった。
極寒の寺での修業の朝は早い。
早朝の5時からの修行。
凍てつく寒さの中での鐘つき。
一汁一菜の粗食を続けての修行。
それらに耐えることはできる。
「生きていることが修行」と父はよく話していた。
しかし先輩僧からのイジメは耐えられないものだった。
しかも同じ仏の道を志す修行僧からのイジメだったので、余計に耐え難いものに思えたのだった。
誰も助けてくれる者はいなかった。
これが仏の道なのか?
これが修行の道なのか?
自問自答を繰り返した。

一道少年 その4
https://ponce07.com/kazumichi-4/

一道少年 その2

一道(かずみち)少年は、北海道天塩町雄信内の曹洞宗の禅寺で生まれた。
それは昭和16年のことだった。
一つの道…父は、仏の道に精進するようにとの願いをこめて、この名を付けたのだった。
幼少のころから、僧侶であった父の背中を見て育ち、修行に励むことになる。
10歳で得度し、12歳から病弱な父に代わって住職代理を務めた。
父の死後は、困窮した生活を余儀なくされる。
もともと人口も少ない北海道のはずれ。
檀家の数は極めて少ないものだった。
しかし、下肢に障害を持つ母とともに檀家回りを続け、寺を守った。
中学卒業後は、秋田県大館市内の寺院に住み込みの修行に出ることになる。

曹洞宗は、禅宗の一派である。
日本史の教科書には、鎌倉新仏教のひとつで、道元によって日本にもたらされたとある。
臨済宗と並ぶ禅宗の二大宗派で、地方の武士や農民に広く受け入れられたとも言われている。
福井県の永平寺が総本山。
ひたすら坐禅すること(只管打坐・しかんたざ)によって悟りの境地を体得しようとするところに特徴がある。
その坐禅と切っても切れない関係にあるのが、警策(きょうさく)である。
曹洞宗の世界には、「警策をいただく」という言葉がある。
直日(じきじつ)または直堂(じきどう)と呼ばれる僧が、禅堂内を巡回し、修行者の坐禅を点検する。
坐禅中に眠くなったり、姿勢が悪かったり、心が散漫になったときは、直日・直堂から警策で肩を打たれる。
この警策は、文殊菩薩の手の代わりであると考えられている。
つまり警策で打つという行為は、坐禅修行が円滑に進むようにという「文殊菩薩による励まし」という意味を持つ。
打つ側である直日・直堂は「警策を与える」、打たれる側である修行者は「警策をいただく」という言い方をする。
そして警策で打つ前と後には合掌して頭を下げ、お互いに感謝の意を表す。
ここからわかるとおり、警策で打たれることは、修行の中での「励まし」であって、肯定的な意味合いを持つことに他ならない。
しかし一道少年が受けた警策は、これとは全く別のものであった。
悪夢のような日々だったのだ。

一道少年 その3
https://ponce07.com/kazumichi-3/ ‎

一道少年 その1

タイは仏教の国です。
タイは国民の大多数が仏教徒であり、生活にも仏教の教えが色濃く表れています。
とりわけ、功徳を積むことを「ทำบุญタンブン」といい、タイ人はこの「ทำบุญタンブン」とても大切にしているのです。
例えば、僧侶に食料などを与える托鉢(=ตักบาตร)は、ごく自然に行われています。
困った人を助けるという行為も「ทำบุญタンブン」の一つです。
「ทำบุญタンブン」は「徳を積む」行いであって、これを重ねることで、来世の自分が良い状態で生まれ変わると信じているのです。
その「ทำบุญタンブン」で、最も徳が高いと言われるのが「บวช出家」です。
タイでは、男性なら一生に最低一回は「บวช出家」するとも言われているのです。
私たち日本人には、「出家」というと特別なことばのように感じます。
仏教徒が多いと言われながら、仏教の教えが生活に及んでいるのは、冠婚葬祭などごく一部に限られています。
ですから、実際に出家する者はほとんどいません。
もちろん僕自身も、出家の経験はありません。
出家した後の、寺での修業は、さぞかし厳しいものなのだろう…
想像するところですが、それはあくまで「想像」に過ぎません。
その修行生活は、書物などを通じて知るにとどまります。
これまで数々の本を読んだものですが、その中で最も印象に残っているのが、一道(かずみち)少年の修行時代のことです。

一道少年 その2
https://ponce07.com/kazumichi-2/

最良の勉強法

タイ語の勉強をしているというけれど、遅々として進まない。
なかなか成果が出ないのに苛立つこともよくある。
この分野は同じ外国語のなかでも、英語や他のメジャーな言語と異なり、教えてくれる学校や先生も少ない。
参考書や辞書も限られている。
基本的に独学でやっていくしかない。
そんななかで、どうやったら効率的に効果的に勉強できるのか。
これは、永遠の課題といっていい。
でも結局は、自分自身で試行錯誤しながら、時には軌道修正しながら、自分に合った方法を模索しながら進めていくことにしている。
立ち止まらなければ、それでよい。
いずれじわじわと効果が現れる。
そう言い聞かせている。

いまの中学生や高校生は勉強の合間にラジオを聴くことはないのかもしれない。
しかし、僕が学生だった頃は、ラジオのよく聴いていたものだった。
当時の人気番組のひとつに、ニッポン放送で放送していた「三宅裕司のヤングパラダイス」があった。
テンポの良い喋りがウケて、リスナーも多かったように思う。
僕もこの番組をよく聴いていた。
ある日、その番組の中に、新しいコーナーができることを聞いた。
一人のメインのパーソナリティが番組の進行を務める。
たいていは女性のアシスタント役が付き、受け答えの役をする。
トークの合間にリスナーからのリクエストに合わせて、音楽を挟む。
コーナーの時間は15分ほどだったと思う。
よくある構成だ。
新しいコーナーのメイン・パーソナリティは、「期待の若手放送作家」だという。
期待しながら、その新コーナーを聴くことにした。
ところが…
番組の評価はイマイチだった。
当時は三宅裕司や吉田照美など、テンポの良い喋りを売りにした司会者が多かったが、この若手放送作家の喋りは、彼らとは違った。
テンポが良くないのは確かだが、どこか暗かった。
内容的に悪くはないのだが、リスナーに響く何かが感じられなかった。
聴いている僕は思った。
「このコーナーは長続きしないだろうな…」
同じように考えたリスナーは少なくなかったように思う。
でも、そのコーナーの中で、この若手放送作家が話していたことで、一つだけ今でもよく覚えていることがある。
それは、こんな話だった。
「僕らが中学生や高校生だったときもよくラジオは聴いていたな」
「当時の番組もこんな感じで、リスナーからのハガキリクエストを受け付けていた」
「僕もよくハガキを書いたけれど、いつまでたっても採用されない」
「なんでオレの書いたハガキは読まれないのだろうか」
「読まれるハガキとオレのハガキはどこが違うのだろうか」
「自分で考えたよ。どこが違うのか」
「こういうことは誰かが教えてくれるわけではない。参考書があるわけでもない」
「だから自分で考えたんだ」
「そのうちだんだんと分かってきた。どこに違いがあるのかが」
「そしてその違いを意識しながらハガキを書くようにした」
「そうしているうちに少しずつオレのハガキが採用されるようになった」
「そしていつのまにか、毎週ハガキを読まれる『常連さん』になったんだ」
いまになってこのことがよくわかる。
年齢を重ね、そのことがよく理解できるようになった。
その新コーナーは、僕の予想していたように、あまり長くは続かなかった。
僕自身も、そのこと自体忘れかけていた。
若手放送作家は、ラジオのパーソナリティとしては、いまひとつであったが、その後は「自分で考えて」別の道を模索していたのだろう。
しばらく後に、「夕焼けニャンニャン」というテレビ番組が放送されるようになった。
当時の中学生高校生の間では知らない者はいない人気番組だった。
その人気番組の仕掛人が、件の若手放送作家だったことを後になって知った。
若手放送作家とは、秋元康その人だ。

勉強のこと、仕事のこと。
うまくできなくて悩むのは当たり前。
簡単に答えが探せるわけではない。
簡単にやり方がマスターできるわけではない。
教えてくれる人もいない、マニュアルもない。
そんな状況の中で、どんな方法が良いのを自分で考えるのが大事なのだ。
何かをモノにしようとする人間は、自分のやり方を確立する。
自分だけのオリジナルのやり方を見つける。
今となっては古臭い話題だが、その若手放送作家は、早くからそのことに気がついて、かつそれを実践してきたのだと思う。
道半ばで、なかなか成果が見えてはこないけど、これからも「自分で考える」ことを忘れないようにしたいと思う。

細やかな日本文化 「関」の名刀

日本を訪れる外国人の好む日本産の土産品の一つに「刃物」があります。
日本製の刃物は質が高いことで有名だからでしょう。
ディスカウントストアの包丁売り場には、外国語で「人気商品」と書かれた表示もあります。
日本の刃物の産地として特に有名なのは岐阜県の関市です。
関市は、ドイツのゾーリンゲンと並んで世界的に有名な刃物の街です。
関の刃物は、室町時代に孫六兼元(まごろくかねもと)という鍛冶職人が美濃国で日本刀を作り始めたのがルーツと言われています。
長良川や津保川の良質な水が利用できたことや、良質の土と松炭に恵まれていたといった風土条件も刀作りには有利だったのです。
そのため多くの刀職人が関に集まるようになりました。
そして職人たちは、互いに研鑽しあいながら技を磨いたのです。
その後そして江戸時代には、関の刀は名刀と言われるに至ります。

ところが時代が変わり、江戸から明治になると、武士は失職を余儀なくされてしまいます。
さらに廃刀令が発せられて日本刀の需要は大幅に減ってしまいます。
関の刀職人もその多くが仕事を失ってしまいました。
しかし、多くの職人は、それまでの高い技術を応用することを考えます。
包丁などの家庭用の刃物の生産に転嫁していったのです。
その後もさらに工夫を重ねて、剃刀や鋏、爪切りなど、私たちの身の回りに欠かすことのできないさまざまな家庭用の刃物の製造をするようになったのです。
ここに日本のメーカー「貝印」の作った爪切りがあります。
使ってみると切れ味はたいへん良い。
切った時の小気味良い音がまた良いのです。
質の高さを感じさせる名品といえるでしょう。
このメーカーの本社は現在は東京にありますが、会社発祥の地は、もちろん関市なのです。

さまざまな困難があっても、技術を応用していくことで、そのピンチを乗り切ってきた職人たち。
そしてさらにその技術を発展させて、世界的に高品質の製品を作り続けた職人たち。
彼ら職人たちの努力に改めて感服させられるのです。

テーブルの上の調味料 เครื่องปรุง

日本では、食卓に醤油や七味唐辛子などが置かれていることがよくあります。
食堂や居酒屋などの飲食店でも同じように置かれています。
タイの食堂でも、調味料の容器が置かれます。
特にそばを注文したときは、決まって店員さんが用意してくれます。
調味料は、少なくとも4種類はあります。
唐辛子(พริกป่น)、砂糖(น้ำตาล)、酢(น้ำส้ม)それとナンプラー(น้ำปลา 魚醤)です。
タイ料理の味の基本になる味覚は、「辛い(เผ็ด)」「甘い(หวาน)」「酸っぱい(เปรี้ยว)」「しょっぱい(เค็ม)」4つ。
これらとリンクしているのです。

タイ料理は、一般的に味付けが濃いことが多いです。
このことは、以前も書きましたが、なかにはそうでないものもあるのです。
そばのスープなどには、意外と淡白な感じのスープもよくあるのです。
そばを注文するときは、まず麺の種類や太さを指定します。
タイではビーフンのように米を原料にする麺が主流です。
太さはそうめんのような極細麺から、名古屋のきしめんよりも幅広な麺もあります。
それから、スープの種類や、トッピングの具材も指定します。
スープは辛いものもありますが、辛くないあっさり系のものも多いです。
麺を注文して、出来上がったのが出されても、まだその先があります。
食べる直前に、お客さんが各々、自分好みに調味料を加えていくのです。
飲食店で注文しても、各人の好みに応じて仕上げられる、セルフサービスの部分が残されているのです。
「味を変えてしまったら料理人に対して失礼」と考える日本人もいますが、タイではそのように考える人は少ないのでしょう。
むしろお客さんに出された状態は、いわば完全に完成されたものではなく、お客さんが少しだけ味を調整することではじめて完結されたものになる、と考えているのかもしれません。

テーブルには、やはり調味料が…

さて、ここで出てきたタイ語の表現をおさらいします。
รสชาติ 味
เผ็ดมาก とても辛い
รสจืด うすい・淡白な
รสจัด 味が濃い
พอดี ちょうどいい
ขม 苦い(にがい)
ฝาด 渋い(しぶい)
เลี่ยน 脂っこい・油っこい
เข้มข้น 濃い、コクがある
หอม よい香りの
นิ่ม やわらかい
แข็ง 固い、硬い
เหนียว 粘りがある
ก๋วยเตี๋ยว そば
เส้นหมี่ 極細めん
เส้นเล็ก 細めん
เส้นใหญ่ 太めん(きしめん状)
บะหมี่ 中華めん(小麦原料)
ต้มยำ トムヤム味(酸っぱくて辛い)
น้ำตก 豚の生血を使ったコクのあるスープ(単語の本来の意味は「滝」の意)
ต้มจืด あっさり系のスープ(鶏がらやとんこつがベース)
ลูกชิ้น つみれ
หมูแดง 焼豚 チャーシューの類
ธรรมดา 普通(具材について)
พิเศษ 特別(具材のいわゆる「全部のせ」)
อร่อย おいしい
ご注文の際は、タイ語の表現を真似してみるのもいいでしょう。
発音が難しいから、初めはなかなか通じなくて困ることもあるかもしれませんが、相手はきっと聞いてくれます。
なお、タイ語の発音について、「カタカナ表記」はあえてしていません。
読み方の確認をしたい場合は、グーグル翻訳などのサイトで音声を聞くことができます。
確認したい部分をコピーして貼り付けたあと、スピーカーのマークをクリックすれは、音声を聞くことはできます。
お試しください。


タイ語ランキング

タイ旅行ランキング

入れ墨 การสักบนผิวหนัง

以前のコラムで、「彫り物(入れ墨)」について、少し触れました。
日本では、入れ墨というと、肯定的なイメージはありません。
江戸の浮世絵には、鮮やかな彫り物を入れた、鳶や飛脚などが登場しますが、その一方で額や腕などに入れ墨をいれる「黥刑(げいけい)」という刑罰もあり、入れ墨を嫌う人々も少なくなかったようです。
その後明治時代になり、規制されるようになったこともあり、入れ墨は、ますます「アウトロー」の領域になっていったものと思われます。
現在のタイではあまり受け入れることが少なくなったとされる入れ墨ですが、それでも必ずしもマイナスのイメージだけではないような気がします。
この辺りの感覚は、日本人のそれとは少し異なるような気もするのです。
ここで、タイの入れ墨の歴史を紹介した文章を紹介いたします。
入れ墨に対する考え方の一端を知ることになるものと思います。

ผู้ชายไทยสมัยก่อนนิยมสักตามส่วนต่าง ๆ ของร่างกายเช่น แขน หลัง หน้าอก โดยเฉพาะอย่างยิ่งพวกชาวเขาเผ่าต่าง ๆ เพราะเชื่อกันว่ารอยสักเป็นเสมือนเกราะป้องกันตัว อีกทั้งยังช่วยให้มีความรู้และเล่ห์กลต่าง ๆ ในการเอาชนะศัตรูได้อีกด้วย จากบันทึกทางประวัติศาสตร์ทำให้ทราบว่าคนกลุ่มแรกที่สักยันต์ตามร่างกายคือคนที่อาศัยอยู่ทางใต้ของ ประเทศจีนในราวพุทธศตวรรษที่ ๙ คนไทยทางภาคเหนือสมัยล้านนาก็นิยมสักยันต์กันทั่วไป ไม่ว่าจะเป็นขอทาน ทหารหรือกษัตริย์มาตั้งแต่ช่วงทศวรรษ ๒๔๒๐ และใช้ฝิ่นบรรเทาความเจ็บปวดที่เกิดขึ้นจากการสัก นิยมสักที่หน้าอก หลัง ด้วยหมึกสีดำหรือแดงเป็นลวดลายสัตว์ทั่วไปหรือสัตว์ในตำนาน และเชื่อกันว่ารอยสักจะศักดิ์สิทธิ์มากแค่ไหนขึ้นอยู่กับความเจ็บปวดที่ได้รับตอนสัก รอยสักถือเป็นสัญลักษณ์แสดงถึงความกล้าหาญ แสดงความเป็นชาย ไม่ใช่ผู้ชาย ทุกคนที่จะทนความเจ็บปวดทรมานที่เกิดจากการสักได้ บางคนทนความเจ็บปวดไม่ไหว เลิกไปเสียก่อนก็มี บางคนทนความเจ็บปวดทรมานเพื่อให้ผู้หญิงเกิดความพอใจมีผู้หญิง จำนวนไม่น้อยที่ไม่ยอมแต่งงานกับผู้ชายที่ไม่มีรอยสัก
ปัจจุบันตามสถาน ท่องเที่ยวต่าง ๆ ยังมีร้านสักอยู่จำนวนมาก นักท่องเที่ยวชาวต่างชาติที่นิยมสักมีอยู่ไม่น้อย นักฟุตบอลชื่อดังของโลก คนหมื่นก็สักชื่อลูกและเมียไว้ที่ก้นและต้นขา

かつてタイの男は、腕や背中、胸など身体の各部に入れ墨を施した。特に、山岳民族では入れ墨が好まれた。とういのも、彼らは入れ墨は身を護る鎧(よろい)のようなものと信じていたからだった。さらには、戦のときには、勝利をもたらす知識や策略を与えてくれるものと信じていたのだった。
歴史上の文献によれば、身体に護符の入れ墨を施したとされる最初の人々は、中国の南方に住んでいた人々で、それは9世紀頃のこととされている。北部のタイ人もラーンナー王朝の時代には、同様に身体に護符の入れ墨を施すことを好んだ。
仏歴2420年の頃からは、乞食や兵士あるいは王族であっても、入れ墨を施し、またこの時に生じる痛みを緩和させるために阿片を用いたとされる。
入れ墨は、胸や背中に黒色や赤色のインクを用いて彫られ、その模様として、一般的な動物あるいは想像上の動物などが好まれた。
そして、入れ墨がいかに神秘的であるのかは、その施術の際に受ける痛み次第によるものと信じた。入れ墨は、勇敢さの証であり、また男らしさの証と考えられたのだ。
しかし、全ての男がその痛みに耐えられるわけではない。ある者は、その痛みに耐えられず、途中で止めてしまう。また、ある者は自分の女の歓心を得るために、その痛みに耐えたという。
当時は、入れ墨のない男との結婚を受け入れない女が少なくなかったのである。
現在も、観光地には多くの彫師が店を構える。外国人観光客の中には、入れ墨を好む者も少なくない。
ある世界的に有名なサッカー選手の一人が、太腿と臀部に自分の妻子の名を刻んだ彫り物をしたとの話もある。

今回のコラムは以下の文献を参考にさせていただきました。
タイ語上級講座 読解と作文
宮本マラシー 著
(株)めこん発行

タイ語上級講座 読解と作文

今回使用させていただきました宮本マラシー先生の「タイ語上級講座 読解と作文」は、タイの文化を比較的わかりやすい表現で紹介されているもので、大変参考になります。
なお僕自身がただいま勉強中です。
誤字脱字や誤訳などがありましたら、ご連絡いただければ幸いです。


タイ語ランキング

スワンナプーム空港の食堂マジックフードポイント Magic Food Point

前回は、格安航空券で行くタイとのテーマで書きました。
空路利用の旅行者のみなさんに、もう一つプラスになる情報をご提供いたします。
スワンナプーム空港内の飲食店の話題になります。
日本からタイへの便で最も多く到着するのが、このスワンナプーム空港でしょう。
ですからここを利用する機会は多いと思います。
しかしながら、空港内の飲食店は、良いお店も多いのですが、どうしてもメニューの単価が高くなってしまいます。
そんな中で、市内のフードコートとあまり変わらないリーズナブルな価格帯で提供している食堂があります。
それがこの食堂「マジックフードポイントMagic Food Point」です。
空港ビルの1階西側にあります。
空港職員御用達の食堂のようです。
派手に看板を掲げていませんので少し探しにくいかもしれません。
システムはタイによくあるフードコートのシステムです。
まずはそれぞれのカウンターで使用することのできる、「クーポン」を購入します。
この「クーポン」はフードコートによっては、カード式と紙式に分かれますが、ここでご紹介します「マジックフードポイントMagic Food Point」では、紙式になっております。
回数券のような紙の束が渡されますので、利用の都度、その金額分を各店舗に支払うシステムになります。
いつも混み合っているのが難点ですが、市内の一般的なタイのフードコートと変わらない雰囲気と価格帯です。
メニューは、タイ式、西洋式以外にも、中華や日本式もあり、種類は多く、選択の幅は広いと思います。
24時間営業となっておりますので、乗り換えの待ち時間に利用するのにもよいのではないかと思います。

また、この食堂と同じ系列のコンビニエンスストアもあります。
場所は、1階のマジックフードポイント食堂を出て、それから空港ビルを一旦出てすぐのところにあります。
店の名称は「マジックハッピーマートMagic Happy Mart」となっています。
下の写真が入り口になります。

Magic Happy Mart

看板に注目すると「ร้านค้าสวัสดิการสโมสรท่าอากาศยาน」の表示があります。
その意味するところは、
ร้านค้า =商店
สวัสดิการ =福利厚生
สโมสร =クラブ、サークル
ท่าอากาศยาน =空港(正式な言い方)
となります。
その名称から、やはりここはもともと空港で働く従業員の売店だったのでしょう。
一般のコンビニよりも、若干品揃えに乏しい感もしますが、パンやサンドウィッチなどの軽食や飲み物などを買うには十分です。
このコンビニの最も優れているのは、「待ち時間が少なくて済む」ことでしょう。
空港内のコンビニは、利用客がいつも多く、レジは長蛇の列です。
しかし、この「マジックハッピーマートMagic Happy Mart」の利点は、利用客がそれほど多くないことです。
待ち時間のイライラもありません。
こちらも24時間営業になっています。
機会がありましたら、一度覗いてみてください。


タイランキング


タイ語ランキング

格安航空券で行くタイ

「海外に旅行に行くのは高くつくものだ」
大学生になる前まではそう考えていたのですが、実際に海外への安い旅行をするようになって、海外旅行は必ずしも高いものではなく、行きかた次第では、国内旅行よりもずっと安く上がるものだと思うようになりました。
旅行費用の最も大きなウエイトを占めるのが、やはり航空券です。
旅行費用を安くあげるためには、この航空券代をいかにして安くあげるかにかかっています。
ですので航空券を安く買う方法については、以前から関心がありました。
いまはLCCのような新しい航空会社が多く参入したことで、市場の競争が働くようになったのか、航空券は以前と比べてずいぶん安くなりました。
このことは旅行好きには大きなプラスです。
LCCとは、ご存知ではない方のために一応ご説明いたしますと、Low Cost Carrier の略で、格安航空会社といったところです。
機内サービスの見直しや、航空券の予約や発券をweb上で行いスタッフを減らすなど、徹底的にコストの削減に努めて、低価格の航空運賃を提供するようになったのです。
日本とタイを結ぶ直行便では、エアアジアXやスクートといったLCCが参入しています。
エアアジアXはマレーシアのLCCで、東南アジアを中心に運航しています。タイへ成田と関空から就航しています。
成田からは1日2~3便あるなど便数が多く、使い勝手の良いのがうれしところです。
シンガポールのLCCであるスクートは、成田―バンコクと関空―バンコクを運航しています。
また、乗り継ぎありの便も含めて考えれば、韓国や中国の航空会社も選択肢に上がります。
上海やインチョンなど乗り継ぎの空港から、チェンマイやプーケットなどの地方都市に飛ぶ便も利用できますので、乗り継ぎがあっても、さほど時間のロスは感じません。
既存の大手航空会社も路線や時期に次第では、低価な航空券を打ち出すようになっていますので、LCCを含めた複数のルートを比較検討して、航空券を選ぶことができます。
注意が必要な点といたしましては、LCCの場合、予定の変更や取り消しに制約があることです。
早い時期に予約・購入をするのがもっとも安上がりにできる方法ですが、予約の変更や取り消しができなかったり、できたとしても手数料が高くつくこともあります。
また、受託手荷物や機内持ち込みの荷物の制限が、一般の航空会社とは異なることもありますので、確認が必要です。
なお、先に書きましたエアアジアXとスクート、ノックスクートは、ドンムアン空港の離発着になりますので、ご注意ください。
また、機内でのドリンク等のサービスは基本的に有料になります。
航空券のご予約は航空会社発表の最新の情報でお願いいたします。
それでは、よき旅を!

写真出典:ウィキペディア(Wikipedia)


タイ旅行ランキング

ことわざ สุภาษิต 

ことわざは、人々が長い時間をかけてつくりあげたもので、それは数多くの経験や知識が蓄積されたものです。
言い得て妙であり、ある一面の真実を鋭く言い当てているそのことばは、わかりやすく、人生や生活の上で大切にすべきすぐれたものが多くあります。
また説明や主張をわかりやすく伝える手段として用いられることもあります。

今日は、タイ語のことわざを少し紹介したいと思います。
なるほどと笑ってしまうものもあります。
たとえに使われているモノや動物も日本とは微妙に異なるものもあります。

ขี่ช้างจับตั๊กแตน
労多くして功少なし
〈象に乗ってバッタを捕まえる〉

กำขี้ดีกว่ากำตด
無いよりまし
〈屁を摑むより糞を摑んだ方が良い〉

หนีเสือปะจระเข้
一難去ってまた一難
〈トラから逃げたらワニに出くわした〉

วัวลืมตีน
得意になって我を忘れる
〈牛が足元を忘れる〉

วัวหายล้อมคอก
泥棒を見て縄をなう
〈牛が逃げて檻を囲う〉

หมาเห่าไม่กัด
虚勢を張る人
〈吠える犬は咬まない〉

หมาลอบกัด
闇討ちをする人
〈犬がこっそり咬みつく〉

หมาเห่าเครื่องบิน
無駄なあがき
〈犬が飛行機に吠える〉

อ้อยเข้าปากช้าง
時すでに遅し
〈サトウキビが象の口に入る〉

ช้างตายทั้งตัวเอาใบบัวมาปิด
悪事はかならずばれる
〈死んだ象の全身を蓮の葉で覆う〉

ดูช้างให้ดูหางดูนางให้ดูแม่
結婚する前はよく見極めよ
〈象を選ばばその尾を見よ、娘を選ばばその母を見よ〉

พุ่งหอกเข้ารก
労多くして功少なし
〈草むらに槍を投げる〉

เข้าเมืองตาหลิ่วต้องหลิ่วตาตาม
郷に入らば郷に従え
〈片目の国に来たら片目で過ごせ〉

หนูตกถังข้าวสาร
貧乏な男が金持ちの女を娶る(俗に言う“逆玉”)
〈ネズミが米びつに落ちる〉

これからもおもしろい表現を見つけて、ご紹介したいと思います。
なお僕自身がただいま勉強中です。
誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただければ幸いです。


タイ語ランキング