一道少年 その2

一道(かずみち)少年は、北海道天塩町雄信内の曹洞宗の禅寺で生まれた。
それは昭和16年のことだった。
一つの道…父は、仏の道に精進するようにとの願いをこめて、この名を付けたのだった。
幼少のころから、僧侶であった父の背中を見て育ち、修行に励むことになる。
10歳で得度し、12歳から病弱な父に代わって住職代理を務めた。
父の死後は、困窮した生活を余儀なくされる。
もともと人口も少ない北海道のはずれ。
檀家の数は極めて少ないものだった。
しかし、下肢に障害を持つ母とともに檀家回りを続け、寺を守った。
中学卒業後は、秋田県大館市内の寺院に住み込みの修行に出ることになる。

曹洞宗は、禅宗の一派である。
日本史の教科書には、鎌倉新仏教のひとつで、道元によって日本にもたらされたとある。
臨済宗と並ぶ禅宗の二大宗派で、地方の武士や農民に広く受け入れられたとも言われている。
福井県の永平寺が総本山。
ひたすら坐禅すること(只管打坐・しかんたざ)によって悟りの境地を体得しようとするところに特徴がある。
その坐禅と切っても切れない関係にあるのが、警策(きょうさく)である。
曹洞宗の世界には、「警策をいただく」という言葉がある。
直日(じきじつ)または直堂(じきどう)と呼ばれる僧が、禅堂内を巡回し、修行者の坐禅を点検する。
坐禅中に眠くなったり、姿勢が悪かったり、心が散漫になったときは、直日・直堂から警策で肩を打たれる。
この警策は、文殊菩薩の手の代わりであると考えられている。
つまり警策で打つという行為は、坐禅修行が円滑に進むようにという「文殊菩薩による励まし」という意味を持つ。
打つ側である直日・直堂は「警策を与える」、打たれる側である修行者は「警策をいただく」という言い方をする。
そして警策で打つ前と後には合掌して頭を下げ、お互いに感謝の意を表す。
ここからわかるとおり、警策で打たれることは、修行の中での「励まし」であって、肯定的な意味合いを持つことに他ならない。
しかし一道少年が受けた警策は、これとは全く別のものであった。
悪夢のような日々だったのだ。

一道少年 その3
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