一道少年が受けた警策は、修業とは程遠い壮絶なイジメであった。
「罰策」(ばっさく)・「罰警」(ばっけい)言われる、いわば「ペナルティ」として警策が使われることもまったくないわけではないが、一道少年が受けた警策は、いいがかりとしか言いようのないイジメであり、リンチでしかなかった。
大館の寺に修行に来ていた若い修行僧は、みな秋田県内の寺院から来たいわゆる「お坊ちゃん」であった。
よそ者で、継ぐべき寺もない貧乏な育ちであった一道少年は、その先輩僧の恰好の餌食にされた。
いわれのない理由や、些細なことにいい掛かりをつけては、一道少年を呼びつけ、寄ってたかって警策でメッタ打ちにしたのである。
背中は傷だらけで、その傷が癒えることはなかった。
情け容赦ないメッタ打ちは、時としてその警策が折れるほどだった。
一道少年は、次第に絶望の淵に追い込まれていった。
極寒の寺での修業の朝は早い。
早朝の5時からの修行。
凍てつく寒さの中での鐘つき。
一汁一菜の粗食を続けての修行。
それらに耐えることはできる。
「生きていることが修行」と父はよく話していた。
しかし先輩僧からのイジメは耐えられないものだった。
しかも同じ仏の道を志す修行僧からのイジメだったので、余計に耐え難いものに思えたのだった。
誰も助けてくれる者はいなかった。
これが仏の道なのか?
これが修行の道なのか?
自問自答を繰り返した。
一道少年 その4
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