出生 เกิด

前回は、日本語にある独特な表現として、日本人の言霊(ことだま)信仰について書きました。
しかし、このような表現方法、つまり縁起の良くないことを直接的に表現するのを避ける言い方は、他の国でもしばしば見受けられます。
タイ語にも、これによく似た興味深い表現があります。
子の出生に関する表現です。
まずは、以下の2人の女性のダイアログをご一読願います。

A:เพื่อนดิฉันคลอดลูกผู้ชายเมื่อวานนี้ค่ะ
B:จะไปเยี่ยมเพื่อนที่โรงพยาบาลหรือคะ
A:ค่ะ คิดว่าลูกเขาคงจะน่ารักมาก
B:สมัยก่อน คนไทยไม่ชมเด็กว่าน่ารักนะคะ
A:เพราะอะไรคะ
B:เพราะกลัวว่าผีจะเห็นด้วย แล้วจะเอาเด็กไป
A:มิน่าล่ะ เด็กน่ารัก แต่คนไทยบางคนพูดว่าน่าเกลียดน่าชัง ไม่พูดตรงๆว่าเด็กน่ารัก
B:ค่ะ คนสมัยก่อนเรียกชื่อเด็กว่าหมู ว่าแมว เพราะจะหลอกผีว่านี่ไม่ใช่ลูกคนนะ อย่าเอาไปนะ
A:มิน่าล่ะ คนไทยก็เลยมีชื่อเล่นเป็นชื่อสัตว์กันเยอะ
B:แต่สมัยนี้คนไทยไม่เชื่อเรื่องนี้แล้วค่ะ

A:私の友達が昨日男の子を出産しました。
B:病院にお見舞いに行くんですか。
A:ええ。彼女の子はきっととても可愛いと思います。
B:昔は、タイ人は子供のことを可愛いとはほめませんでした。
A:どうしてですか。
B:ピー(精霊、幽霊)がそう思って、連れ去るのを恐れたからです。
A:道理で。可愛いくても、醜くて憎たらしいと言って、素直に可愛いと言わないタイ人もいます。
B:ええ。昔の人は子供の名前を豚とか猫とか呼びました。なぜなら「これは人間の子ではありませんよ。連れて行かないでね」とピーを欺こうとしたからです。
A:道理で。だからタイ人は動物の名前をニックネームにしている人が多いんですね。
B:でも今はタイ人はもうそれは信じていません。

出典:中級タイ語総合読本 タイの社会と文化を読む
著者:斉藤スワニー 三上直光
出版:白水社

ピー(精霊、幽霊)が子供を連れ去るということは、あの世に連れていかれること、つまりは子供が死亡することを意味しています。
この発想は、古代の社会のように、乳幼児の死亡率が高かった頃の名残が色濃く残っているということができます。
現在はタイでも医療水準は相当に高く、死亡率は低くなっていますが、それでもこのような表現が残っているのです。
日本でも古代の社会では、幼少の頃の名前は、悪いイメージを連想させるものがよく使われていたと言います。
あの豊臣秀吉の幼少時の名は「棄丸(すてまる)」であったことは有名な話です。
子供が成長した後になって、正式な名前に改名していたのです。
現代のタイでは、行われることが少なくなったと言いますが、産毛の一部を残して、髷を作り、子供が成長してから(概ね11歳から12歳ころ)これを切り落とす、まげ落としの儀式があります。
髷は魂が宿るところであり、その魂が出ていくと疫病にかかってしまうと考えたので、幼少時には髷を残しておくというわけです。
いずれにしても、こうした伝統文化は、子の健やかな成長を願う両親や親族等の祈りが込められた大切なしきたりだったに違いありません。
我が子の成長を喜ばない親はいません。
このことは、古今東西変わることはないのです。

★今回参照させていただきました「中級タイ語総合読本」は、タイの文化について、平易なタイ文字で書かれている良書で、かつ解説も充実しており、タイ語の勉強に大変参考にさせていただいております。タイ語学習者で、初心者レベルを一定通過したかたは、ぜひお使いになっていただきたい一冊です。


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細やかな日本文化  「言霊(ことだま)」

タイ語の辞書アプリのひとつ「J-Doradic」で日本語の「お開き」について検索してみると、「ปิด (งานเลี้ยง พิธี) =閉会(宴会、式典)」との説明があるのがわかります。
なるほど「お開き=opening」が「終了」を意味するとは…
一見論理的に矛盾しているような表現で、外国人にとっては、理解しがたい部分と言えるでしょう。
それでは、なぜこのような表現方法が生まれたのでしょうか?
その背景についてちょっと考えてみたいと思います。

日本語の表現を語るうえで欠かすことができない特徴のひとつに、日本人は「言霊(ことだま)」を重視する点が挙げられます。
言霊とは、古代からの日本人の持つ考え方の一つで、言葉には不思議な力が宿っているというものです。
そして、自分の望んでいることを現に言葉として発することで、その言葉どおりの結果をもたらす力があり、これが言霊なのです。
わかりやすく言えば、雨が降ってほしい時に「雨よ降れ。」と祈るようなことです。
普通に科学の知識をもった現代人であれば、雨の降る原理も当然に知っていることでしょう。
だから、このような言霊などは、ただの迷信に過ぎないと笑うに違いないでしょう。
しかし、実際のところは、この「言霊」の影響を受けたとしか思えないような表現がいくつも見受けられるのです。
たとえば、結婚披露宴の席でのスピーチには「別れる」「切れる」といった言葉が登場しないことはよく知られています。
それは、「別れる」「切れる」といった言葉から、離婚や離縁といったことが連想されるので、「縁起が悪い」と考えるからにほかなりません。
お通夜やお葬式の場面でも、「重ね重ね」「重ねて」「再び」など、繰り返して起きることを想起させるような言葉も、やはり「縁起が悪い」言葉として避けられているのです。
これも、言霊が強く信じられていたことから生まれた風習といえます。
パーティーや宴会などの席で、会の終了が近づくと「宴もたけなわではございますが、そろそろお開きということで…」などと司会者が言うことでしょう。
冒頭で触れましたが、ここでいう「お開き」とは、もちろん「終了」の意味として使われています。
宴会の席は「おめでたい」場になりますので、やはり「終わる」という言葉は相応しくないと考えるから、「お開き」という言い換えの言葉になっているのです。
私たちは普段の生活のなかで、このような言い換えの言葉を自然に使っているのです。
科学的な知識をある程度持っている現代人であっても、言霊の発想は根強く生きているのです。
このことは、相手の気持ちを察して、不快な感情を与えない配慮とつながっているということができます。
迷信だ、根拠がないと言っても、社会には一定のルールが成立していて、それを守ることは礼儀作法なのです。
こうした配慮や礼儀作法は、長い歴史のから生まれた先人の知恵であり、これからも大いに尊重され、また後世に引き継いでいくことが求められるべきものだと考えます。

英勝寺(鎌倉市)

タイのお粥  โจ๊ก

タイの料理と聞いて、多くの日本人が想像するのが「グリーンカレー」や「トムヤムクン」、「パッタイ(タイ風焼きそば)」などでしょう。
辛いというイメージが先行して、何を食べても辛いのではないかと思う人もいるかもしれません。
辛くて味付けの濃いイメージの強いタイ料理ですが、辛くない料理も多くあります。
朝食によく食べられる「お粥(かゆ)」もそのひとつです。
ちょっと意外に感じるかたもいらっしゃるようですが、タイでもよくお粥が食べられています。
朝食にお粥を好んで食べる人が多いのは、もちろん中国でしょう。
タイには、華僑のように中国系のルーツを持つ人も多くいて、中国からの食文化も広く根づいているのです。
タイのお粥は「ジョーク(โจ๊ก)」と「カオトム(ข้าวต้ม)」の二つに大分できます。
ジョークとは砕いた米を煮込んだもので、米粒はほとんど形を残していない状態です。
ジョーク自体には味はついていません。
朝飯屋で提供されるのは、これに豚のひき肉や卵、刻んだ野菜・ショウガなどの具材をトッピングし、調味料が加えられたものです。
また、パートンコー(ปาท่องโก๋)と呼ばれる小ぶりの揚げパンとの相性が良いので、一緒に食べる人も多いようです。
このあたり食べ方も、中国からの影響が見受けられます。
一方のカオトムの「ข้าว」は米、「ต้ม」は煮るという意味であることから、直訳すれば「煮たご飯」ということになります。
日本の雑炊のように、汁物でご飯を煮込んだものです。
汁気が多く、こちらのほうは米の形状を残しています。

この写真は、クラビタウンの市場内にあったお粥屋です。
ここではジョークが売られています。
看板には、並盛り(=ธรรมดา)が25バーツ、卵入り(=ใส่ไข่)が30バーツ、小盛り(=เล็ก)が20バーツと書かれています。
ここには写っていませんが、スペシャル(=พิเศษ いわゆる「全部のせ」のこと)もありました。

味付けは比較的にさっぱりした感じです。
そのままでもいけますが、お好みに応じてテーブルの上の調味料を加えるのもOKです。
テーブルの上の調味料の使い方は、下記をご参考に…

https://ponce07.com/seasoning/

辛いタイ料理はちょっと苦手という人も、このジョークなら美味しく食べられると思います。
ぜひトライしてみてください。


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食のタブー その3

写真は東京の池袋にある蘭州ラーメンの店で撮影したものである。
このラーメンは、中華料理につきものの豚肉は一切使用されていない。
蘭州ラーメンのスープは豚骨を使わず、牛骨で作られたものである。

蘭州ラーメン
蘭州とは、そもそもどこの地方なのか?
蘭州は、中国甘粛省の省都であり、中国の中央部に位置している都市である。
古くからシルクロードの要衝の地で、ムスリムが多い土地柄である。
ちなみに、ラーメンを漢字で表現すると「拉麺」となるが、この「拉」は、「引っ張る」という意味を持っている。
つまり、ラーメンは小麦粉をこねて「引っ張って」作った麺のことを言う。
この蘭州ラーメンは蘭州の回族が始めた郷土料理のひとつだったのだが、ラーメンのルーツともいえる存在だ。いまとなっては中国国内はもとより、東京にも店が進出するほどの人気を博している。
この池袋のラーメン店では、蘭州ラーメン以外にも、サイドメニューがある。もちろんそれらも、イスラム式である。
写真のケバブ(串焼きの肉)は、羊肉である。
羊肉のケバブ
他にも、羊のタン(舌)や羊のハツ(心臓)などを使ったメニューも用意されている。
毎日羊肉を同じように調理していれば当然に飽きてくる。
そのため、内臓などほかの部位を使ったり、別の調理方法を使ったりする。
香辛料のよく効いた羊のケバブは、なかなか旨かった。
しかしあまりゆっくりと食事を楽しむわけにもいかなかった。
ちょっと早めに入店したのだが、正午頃には店は、客でいっぱいになっていた。
店を出ると、店の前には入店待ちの行列ができていた。
なかにはヒジャブを着用した女性もいる。
このラーメン店は、ハラールフードの取り扱い店でもあるのだ。
日本では、まだまたハラールフードを扱う飲食店は限られている。
東京のような大都市でも、その数は多いとは言えない。
だから、ムスリムが外食しようとしても、入店できる店は限定されてしまう。
★撮影 蘭州拉麺店火焔山(東京都豊島区池袋2丁目)
ハラール認証のマーク(一例)

訪日する外国人が急増している。
2020年の東京オリンピック開催の時期は、その数はさらに増えるに違いない。
東京の街にも多種多様な外国語表記が登場するようになって、国際化の進展を実感することができる。
その一方で、現在全世界に16億人以上のムスリムがいると言われているが、彼らに対する理解はまだ十分に浸透しているとは言えない。
日本人が真の意味での「おもてなしの心」を持つことが望まれる。

 

 
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食のタブー その2

宗教観や生活様式などの理由が食のタブーを生じさせているので、そのタブーは相当に根が深い。簡単に変えられるものではない。
イスラム教徒は、この世に唯一の神(アッラー)を信じて、その教えを日々実践して生活している。この日々の実践のなかにはもちろん食事も含まれる。
したがって食事のつど、神の教えで禁じられた食品や成分を避ける。こうした行為は信仰の実践に他ならないのである。
かつて日本の入国管理局のある支局で、収容しているイスラム教徒であるパキスタン人の男性に宗教で禁じられている豚肉を誤って提供したことが大きな問題になった。
給食業務を受託した業者が、誤ってベーコンを混入させてしまったという。男性は支局の給食を拒否して抗議の意志を示し、水や栄養剤だけを口にするハンガーストライキを始めた。
入管側は「確認が不足していた」と陳謝したが、これが国際問題にまで発展してしまう。
多くの日本人には理解しにくいが、ムスリムはそれほどまでに神の教えを厳格に実践するのだ。
イスラムの経典であるコーランには、「あなた方に禁じられたものは死肉、流れる血、豚肉、アッラー以外の名を唱えて殺されたもの」と定められている。
他の動物は食べてよいのに、なぜ豚だけは禁じられているのだろうか。
豚はもともと涼しい気候を好む動物であり、中近東地域のように日差しの強い乾燥した土地での生活に弱い。そのうえ汗腺がないので、体温を下げるために、泥水の中を転げまわることがある。
豚は反芻をしないために牧草や野草で飼うことができない。人間も食べることのできる穀物の類を与えなければならない。
こうした習性ゆえに、豚がいかにも不潔に見られるのも無理はない。
気候的な条件から飼育するのが困難な豚は敬遠される。豚がいなくてもまったく問題はなかった。羊や山羊、鶏など食用にできる動物が他にもたくさん飼われていたからである。
イスラムが始まった1400年前のアラビア半島では、豚は不必要であり、不浄な存在でしかなかったのに違いない。
こうした気候や地理的な条件などから、「豚=不浄のもの」という禁忌が生まれ、現在までに受け継がれているのだ。

食のタブー その3
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食のタブー その1

飲食において宗教、文化上の理由でタブー(禁忌)とされる特定の食材を「食のタブー」と呼ぶ。社会の特定の集団には各々独自の食文化があるので、それがいくつかの食べ物にたいして禁忌感を与えることになる。対象になる食材は、おもに動物の肉である。
この「食のタブー」のよく知られた事例としては、イスラム教徒が豚を不浄の動物とみなしていることから豚肉を食べることはない。また、ヒンズー教徒が牛を神聖なものとして尊ぶことから牛肉を食べることはないことなどである。事実、イスラム教の経典であるコーランには豚肉を食べてはならないと定められているといい、ヒンズー教では神々が宿る聖牛を食べると輪廻転生の最下段に堕ちると教えているという。
また、宗教上の理由ではないが、長年の生活習慣の違いによって生じる理由もある。牛や馬などの役畜や犬や猫などの愛玩動物など、特定の動物に対する心理的な感情から背徳感を呼び起こし、食用とすることができないものもある。日本にもっとも近い国である韓国でも、日本との差異がある。多くの韓国人は、日本人が馬肉を食べるのに驚嘆するという。しかし、日本人は韓国人が犬肉を食べると聞くと眉をひそめる。
鹿肉や猪肉の場合はどうだろうか。人それぞれに評価の分かれるところだろう。写真は、長野県軽井沢町のレストランで撮影したもので、鹿肉を使ったカレーと鹿肉と猪肉を使ったパスタである。このレストランの看板メニューでもあり、注文する者は多い。
味のほうは、間違いなく美味と言える。

鹿肉のカレー
鹿肉と猪肉のパスタ
★撮影 軽井沢ベジビエ(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東)

日本に住んでいれば、食品売り場には、さまざまな種類の獣肉が販売されており、この食のタブーを意識することはあまりない。ところが、外国に出てしまうと、途端にこの問題に直面することになる。
イスラム圏を旅行すればわかることだが、こうした地域では、羊肉が中心になる。毎日が羊肉といってもいいくらいなのだ。羊肉の独特の臭いになじめない人はかなりのストレスになるのではないだろうか。
一方タイでは仏教徒が大半なので、食に対するタブーは、他のアジア諸国に比べると少ないほうなのかもしれない。
しかし一部のタイ人は牛肉を避ける。観音信仰を持つタイの仏教徒は、牛を食べない。これは、観音様の出家を反対した観音様の父親が、生まれ変わって牛になったとの信仰に由来している。つまり、観音様の父親に敬意を表して食べないというのである。
また、牛は農耕の際に使われる役畜としての役割が大きかったので、牛肉を食べるのに抵抗感を持つ者が多かったのもその理由である。
さらに言えばタイにも、特に南部には、少数派ではあるがムスリムもいるので、彼らが決して豚肉を口にすることはない。
南部のクラビー県・ムアンクラビー郡の公設市場内の食肉売場は、一般の売場とムスリムのための売場(ハラルフード売場)に分けられていたのを覚えている。
仏教国のタイでも、ムスリムに対する配慮がきちんとなされているのがわかる。

食のタブー その2
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御徒町の「紫色のビル」 ”ตึกม่วง”

前回の話題はアメ横でしたが、このアメ横の端が御徒町(おかちまち)になります。
その御徒町で有名なディスカウントストアが、この多慶屋です。
創業は昭和22年とのことですから、ディスカウントストアのさきがけと言える存在でしょう。
「多慶屋」の漢字は読めない外国人にも、ひときわ目立つ紫色のビルはよく知られています。
“Purple Building”は、訪日する外国人観光客の買い物スポットとして有名なのです。

คนไทยจะเรียก “ตึกม่วง” กันจนติดปากแล้ว
ซึ่งมีชื่อจริงว่า “ทาเคยะ (Takeya)” แต่เพราะตัวตึกสีม่วงโดดเด่นสะดุดตามาก จึงเป็นที่มาของชื่อ “ตึกม่วง” ไปโดยปริยาย
ร้านทาเคยะเป็นดิสเคาน์สโตร์ที่มีประวัติศาสตร์ยาวนานที่สุดของญี่ปุ่น
ทาเคยะเป็นที่รู้จักแพร่หลายของนักท่องเที่ยวชาวเอเชียตั้งแต่หลายสิบปีก่อนจนได้รับการขนานนามว่า”ตึกม่วง” ปัจจุบันมีลูกค้าชาวต่างชาติมาเยี่ยมชมกว่าแสนคนต่อปี
กลุ่มอาคารสีม่วง 8 ตึก ข้างๆ สถานีโอคาจิมาจิ (Okachimachi) ซึ่งอยู่ท้ายตลาดอาเมะโยโก
เสน่ห์ของทาเคยะอยู่ที่เป็นแหล่งรวม สินค้าครบครัน และ ราคาถูก นั่นเอง
ไม่ว่าจะเป็นอาหารการกิน เครื่องครัว กระเป๋า เสื้อสูท นาฬิกา เครื่องใช้ไฟฟ้าในชีวิตประจำวัน หรือแม้แต่โทรทัศน์ และคอมพิวเตอร์ เป็นต้น
และสามารถหาซื้อของทั้งหมดได้ในที่เดียว
สำหรับลูกค้าชาวต่างชาติ ยังสามารถขอยกเว้นภาษีสินค้าทุกประเภทได้ที่เคาน์เตอร์ขอยกเว้นภาษี ภายในร้าน จึงทำให้ราคาสินค้าถูกมากกว่าเดิม
นอกจากนี้ ภายในร้านทาเคยะก็มี Wi-Fi ฟรี ติดตั้งไว้ให้บริการด้วย
タイ人が口をそろえて言う「紫色のビル(Purple Building)」。
本当の名は多慶屋(Takeya)という。
しかしその紫色のビルは人目を引くことから、「紫色のビル」と呼ばれるようになった。
多慶屋は日本でもっとも歴史あるディスカウントストアである。
また、何十年も前からアジアの観光客の間で有名で、「紫色のビル」と呼ばれ、現在では年間10万人以上の外国人観光客が訪れる。
紫色のビル8棟は御徒町駅のそばにあり、それはアメ横の端でもある。
多慶屋の魅力は品揃えと商品の安さである。食物、台所用品、バッグ、スーツ、時計、家電製品や日用品のみならずテレビやコンピュータなどもある。
そして一箇所ですべての製品を購入することができる。
外国客向けに免税サービスもある。店内の免税カウンターですべての種類の商品の免税が受けられ、商品の価格を抑えることができる。
また、店内には無料Wi-Fiが設置されている。

タイで人気のわさび味ピスタチオ

เส้นทางเข้าถึงทาเคยะ(access)
ลงรถไฟ JR สายยามาโนเตะ ที่สถานี โอคาชิมาจิ  ทางออกด้านเหนือ  เดิน 2 นาที
ลงรถไฟใต้ดินสายฮิบิยะ ที่สถานี นะคะ-โอคาชิมาจิ  ทางออก 3 ถึงหน้าร้านทันที
ลงรถไฟใต้ดินสายโอเอโดะ ที่สถานี อูเอโนะ-โอคาชิมาจิ  เดิน 3 นาที
ลงรถไฟใต้ดินสายกินซ่า ที่สถานี อูเอโนะ-ฮิโรโคจิ  เดิน 5 นาที
多慶屋へのアクセス
JR山手線 御徒町駅下車 北口徒歩 2分
地下鉄日比谷線 仲御徒町駅下車 3番出口徒歩 0分
地下鉄大江戸線上野御徒町駅下車 徒歩 3分
地下鉄銀座線上野広小路駅下車 徒歩 5分

館内の表示にもタイ語があります

เวลาทำการ
10:00 น. – 20:00 น.
(แผนกอาหาร ・ผักผลไม้ 9:30 น. – 20:00 น.)
วันหยุดทำการ เฉพาะ
1 มกราคม (วันหยุดนักขัตฤกษ์)
営業時間
10:00 AM ~ 8:00 PM
食品売場・青果売場:9:30 AM~8:00 PM
年中無休(1月1日を除く)


多慶屋という商号は、創業者の竹谷氏が、「多くの人に慶びを与えたい」という願いから付けられたと言われています。
いまは、各地方にいろいろなディスカウントストアが乱立するようになりましたが、以前は(僕が子どものころは)こうした大安売りを前面に打ち出したディスカウントストアそのものが少なかったものです。
多慶屋に買い物に行ったときは、お客の多さに圧倒された思い出があります。
時代は流れても、多慶屋は健在でした。
とりわけ外国人観光客には絶大な人気を誇っています。
これからも世界の多くのお客さんに慶びを与えれれるようがんばっていただきたいものです。


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アメ横  東京の庶民の街

最先端のオシャレな繁華街が紹介されることの多い東京ですが、個人的には、雑然とした街のほうが大いに興味があるところです。
これまで、数々のアジアの街角を歩いてきたことから、昔ながらの雑然とした市場のような庶民的な雰囲気のほうが性に合っているのかもしれません。
JR上野駅から、南側の線路沿いは通称「アメ横」と呼ばれ、昔ながらの雑然とした独特の雰囲気がいまも残るところです。
近年は、中国や東南アジアの香辛料や食材などを取り扱う商店も多くあります。
観光で東京を訪れた際には、一度覗いてみる価値はあると思います。

Ameyoko (アメ横) เป็นถนนตลาดที่พลุกพล่านไปตามเส้นทางสายยามาโนเตะ(Yamanote)ระหว่างสถานีโอคาชิมาจิ(Okachimachi)และสถานีอุเอโนะ(Ueno)
ชื่อ “Ameyoko” เป็นรูปแบบย่อของ “Ameya Yokocho” (ซอยร้านขายขนม) เนื่องจากมีการขายขนมแบบดั้งเดิม หรืออีกวิธีหนึ่ง “Ame” ย่อมาจาก “America” เพราะมีผลิตภัณฑ์อเมริกันจำนวนมากที่เคยวางจำหน่ายเมื่อถนนเป็นที่ตั้งของตลาดมืดในช่วงหลายปีหลังสงครามโลกครั้งที่สอง
วันนี้มีจำหน่ายผลิตภัณฑ์ต่าง ๆ เช่นเสื้อผ้ากระเป๋าเครื่องสำอางปลาสดอาหารแห้งและเครื่องเทศที่จำหน่ายตาม Ameyoko เวลาทำการและวันหยุดขึ้นอยู่กับร้านค้าแต่ละแห่ง แต่โดยทั่วไปร้านค้าจะเปิดประมาณ 10:00 น. และปิดประมาณ 20:00 น.
アメ横は、御徒町駅と上野駅の間の山手線沿いの繁華街です。
「アメ横」という名前は、昔ながらの飴(あめ=candy)がそこで売られていたことから、「アメヤ横丁」(キャンディーストアの路地)の省略という説があります。
あるいは、「アメ」は「アメリカ」の略という説もあります。
これは、第二次世界大戦後の数年間に通りが闇市場の場所だったときに、アメリカの製品の多くが売られていたためです。
今日では、洋服、バッグ、化粧品、鮮魚、干物、香辛料などの様々な商品がアメ横で販売されています。営業時間と閉店日は個々の店舗によって異なりますが、店舗の営業時間は通常10時頃から20時頃までです。

アメ横の入口(上野側)

余談…この写真を撮影したのは、平成31年(2019年)4月28日です。
そのこともあり「奉祝 令和」の幕もありました。


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食べ残しの文化

先日 職場での懇親会の席で、3010(サンマルイチマル)運動と書かれた見慣れない表示を目にしました。
この3010(サンマルイチマル)運動とは、食品のロスを減らすための運動のことだったのです。
これは「宴会の開始から30分間と、閉宴10分前には席に座って食事を楽しみましょう」というところからきたものです。

日本は、食料自給率が相当に低いのにもかかわらず、食べられる状態にもかかわらず廃棄される「食品ロス」は多いと言います。
消費量全体の2割にも相当する量が「食品ロス」になっているという統計もあります。
僕自身は、普段は食べ残しをするようなことは、ほとんどしません。
しかし、歓送迎会や忘年会などの宴会の席では、食事よりもトークのほうが優先され、席を移動して飲みながら話をしたりすることが多くなり、食べ残しをしてしまうこともあります。
良くないこととわかっていながら、完食する前に、宴席がお開きになってしまうことも少なくありません。
こうしたことから、「宴会の開始30分と閉宴の10分前には席に座って食事を楽しみましょう」という3010運動は、食品ロスをできる限り減らそうという意味でたいへん意義のあることと思います。

日本では、食べ残しの習慣は否定的です。
食べ残しは、「もったいない」「行儀が良くない」と考える人が多いのです。
一方タイでは、食べ残しの習慣は、あまり問題にされません。
食べ残して、捨てることに抵抗を感じる人は少ないと言います。
やはり、そこは熱帯の国。
年に2~3回も米が収穫できるうえに、野菜や果物も豊富に獲れる土地柄なので、食べ物にさほど執着する必要がないのでしょう。
また、別の問題として、暑さゆえに食品の傷みも早いので、食べ残したおかずを、あとでまた食べるというような発想は生まれにくいのでしょう。
こうして、食べ残しは次々に廃棄されることになります。
例外は、僧侶の世界です。
僧侶は托鉢などを通して、寄進された食べ物は、すべて消費します。
頂いたものを廃棄するのは、非礼と考えているのです。
そのおかげで、最近は肥満に悩む僧侶が増えているという話も聞きます。

食事はおいしく適量に
とはいえやはり食べ残しの習慣は、やはり好きにはなれません。
もったいないのはもとより、その料理を作った料理人にも失礼でしょう。
食品ロスを廃棄するためのコストも負担しなければなりません。
食べ残すくらいなら、最初から注文しなければいいのです。
逆に、注文した以上は、最後まで食べるべきです。
旅先ではおいしそうなものに目移りして、あれこれと必要以上に注文してしまいがちです。
適量の注文をして、食べ残しをすることのないように気をつけたいものです。

整髪料 ยาแต่งผม その2

この「丹頂チック」を発売したのは、大阪にあった「金鶴香水」という貿易会社でした。
「丹頂チック」は、この会社を長年に渡って支え続けるロングセラー商品となりました。それから、戦後になり、「丹頂コールドクリーム」「丹頂ヘアトニック」といった「丹頂ブランド」の商品を発売し、社名も丹頂株式会社に変更しています。
しかし栄華の時代はそう永くは続きません。
東京からヒットマンがやって来たのです。
「MG5」シリーズを打ち出した資生堂です。
市松模様の化粧瓶に見覚えのあるかたも多いのではないでしょうか。

MG5
この都会派で現代風のブランド「MG5」のヘアリキッドは、販売数を伸ばしていきます。
こうした攻勢に押し切られる形でシェアは逆転し、丹頂は倒産のピンチに見舞われます。
そこで丹頂が一世一代の大勝負に打って出ます。
イメージCMの投入でした。
昭和45年(1970年)に、アメリカの大物俳優であるチャールズ・ブロンソン氏をイメージ・キャラクターに起用し、新ブランド「マンダム」シリーズを発売します。
都会派で現代風の「MG5」と全くの正反対のイメージの「男臭さ」を前面に打ち出したテレビCMは斬新なアイデアだったのでしょう。
テレビCMが功を奏して、「マンダム」シリーズは大ヒットを記録することになります。
一時は倒産寸前の窮地に見舞われましたが、そこから見事な復活を遂げ、昭和46年(1971年)には株式会社マンダムへと社名変更することになります。
その後も「GATSBY」(ギャツビー)シリーズや「LUCIDO」(ルシード)シリーズといった新ブランドを投入するなど、幾度となく製品リニューアルを繰り返します。
「丹頂チック」は、そんななか現在も発売されている超ロングセラー商品なのです。
株式会社マンダムのHPにある丹頂チックのキャッチコピーには、「永年にわたり男たちの支持を集め、磨きぬかれた大人の香り。円熟したスタンダードナンバー。」とあります。
これが丹頂チック
ところで、この「丹頂チック」は、いま日本国内では製造されていません。
現地企業と合弁して設立したインドネシアの現地法人が持つ工場で生産されているとのことです。
もともとは、フランスなど外国からの輸入化粧品に対抗して、国内製造されたのが始まりだった「丹頂チック」ですが、それがいまは日本製ではなく、すべてインドネシア製で、いわば逆輸入のような形態で日本で販売されていたのです。
現地生産された商品は、現地での需要もある程度見込めると言われています。
インドネシアに、昭和のモダンボーイを彷彿とさせる「テカテカ男子」が登場する日もそう遠くないのかもしれません。