白い道 その7

クラビー県の私立病院。
緊急治療室で診療にあたったのは、やや年配の医師だった。
背後からはっきりと聞こえた。
「オトウサン、心臓危ないね」
日本語だった。
その医師は若い頃に東京に留学した経験があると言った。
専門は心臓外科だという。
渡りに舟とはこのことか。
幸運に感謝するのみだった。
病状は不安定だった。
心臓は停止と蘇生を繰り返した。
全身から延びる電気コードはモニターに繋がっている
モニターに映し出されるパルスは、止まったり動いたりを繰り返す。
全身の色も目まぐるしく変化する。
鬱血したり蒼白になったりを繰り返した。
うわ言を言っているが、何を言っているのかよく聞き取れない。
「心臓の動くチカラ弱い」 
「機械で助ける必要ある」
医師の言葉で理解した。
直ちにペースメーカーを埋め込む必要があるという。
緊急の大手術になる。
それは、このクラビー県の小さな病院では不可能。
医師は、手術可能な受け入れ先の病院探しを始めていた。
隣県のスラートターニー県にある県立病院か、プーケット県にある私立病院か。
2か所の候補地が挙げられた。

白い道 その8
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白い道 その6

やっと合点がいった。
この街にはタクシーというものがないのだ。
まったくないわけではないのだろうけれど、それはきわめて限定的で、一般市民が手軽に利用するものではないのだろう。
流しのタクシーを見かけないのもうなずける。
市内を循環する路線バスもない。
人々は、自分のバイクやクルマで移動するよりほかないのだ。
あとになって知ったのだが、公的な無料で利用できる救急車もない。
救急車が必要であれば、私立の病院が所有する救急車を直接呼ぶしかない。
公共の交通機関が乏しいということは、移動は全て自己責任だ。
ハイリスクではあるけれども、逆にこういう状況であるからこそ相互扶助の意識も生まれてくるのだろうか。
日本では「白タク」行為は当然にご法度だが、この街では立派なボランティアなのだ。
市民の安全と安心のため、無料の救急車が行き交う日本。
誰もがそれを当たり前と考えている。
しかし、救急出動の3台に1台は緊急性に疑問が残る利用と言われている。
複雑な気持ちが脳裏をよぎる。

白い道 その7
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白い道 その5

アイスクリーム売りの女性の運転するバイクの後方には、商売道具である小さい屋台が取り付けてある
やや窮屈ではあったが、どうにか街の中心部にあるホテルに戻ることができた。
謝意を告げチップを渡した。

ホテルの部屋に駆け上がり、残していた荷物を片付けて、カバンを運び出した。

ホテルのマスターに、親父を病院に連れていってもらった礼を言う。
「さっきは本当にすまなかった」
「それで親父さんは?」
「入院したよ」
「あんたは今晩どこに泊まるんだい?」
「決めていないけど… 今晩ここは空き部屋はある?」
「すまないな、今日は満室だ」
「そうなんだ」
「あの病院の向かいにゲストハウスがあっただろう。あれはオレのダチがやっているんだ。電話しておこうか」
「ありがとう。でも今日の晩はどこに泊まるのかわからない。病院に泊まるかもしれない」
「・・・」
「まずは病院に戻るよ。すまないがタクシーを呼んでもらえないか?」
ここまで言うと、マスターはまた黙ってしまった。
するとホテルの事務員の女性が声をかけてくれる。
「アタシのクルマに乗って行きな」
またしても、救いの手が差し出された。

白い道 その6
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白い道 その4

大通りに出てみたものの、車の数はさほど多くない。
しかしタクシーを見かけることはなかった。
路線バスのようなものがあるようにも見えなかった。
仕方なしに、病院に戻ることにする。
入口にガードマンの若い男が二人いた。
仕方なかった。
頼る人間を選んでいる暇はなかった。
やる気のなさそうなその二人に声をかけた。
「すまないが、タクシーを呼んでくれないか」
「タクシーですか?・・・」
通じていないわけではない。
反応がないのだ。

もう一人の男は、完全に輪の外にいた。
こちらの話を聞こうともしない。
それどころか、路上の移動販売のアイスクリーム屋から、棒状のアイスクリームを買って、それをしきりになめていた。

やり取りを聞いていたのか、アイスクリーム売りのムスリムの女性が言う。
「アタシのバイクに乗って行くかい?」
驚いた。
思わぬところから救いの手が伸びた。

白い道 その5
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白い道 その3

病院に担ぎ込まれた後は混乱の連続だった。
病院の入口で車椅子を借りて病棟に入る。
すぐさま緊急治療室に運ばれた。

それから事務員が駆けつける。
事情を聴かれたけれど、うまく説明できない。
患者との関係を聞かれて、「自分は息子だ」と繰り返したのは、どうやら理解してもらえた。
それから先の細かい部分はうまく理解できない。
苛立ちが募る。
前金(保証金)を求められるのは、想定の範囲内。
5万バーツだった。
タイ語はまったくの初心者なのに、いきなり本番のステージに引きずり出されたようなものだ。
ただただ混乱した。
整理がつかない状態だった。
とはいえ取り乱した態度は、決してとってはならなかった。
最も混乱し、不安の底に追い込まれているのは、まぎれもなくのおフクロに他ならない。
そのおフクロの前では、うろたえた仕草は見せたくはなかった。

ホテルの部屋は散らかしたまま。
荷物はそのままの状態だった。
一旦ホテルに戻って荷物を片付けて、カバンをここに運びこまないといけなかった。

病院の建物から外に出た。
ひどく眩しかった。
病院の前の道に出る。
舗装された道路ではあったが、強い日差しに照らされているからなのか、輝いて見える。
白い道に見えた。
この道の先にあるのはどこなのだろう。
見ようとしても何も見えない。
底の見えないような深い不安に陥った、

白い道 その4
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白い道 その2

ここクラビータウンは朝から快晴で、今日も暑くなりそうだった。
カレンダーは1月1日となっているが、ここにいるとその感覚がない。
ごく普通の夏の一日だった。
朝市に出掛け、そこで朝食を済ませて、ホテルに戻った。
1階のフロアは開放的な造りで、心地よい風が吹き込んでくる空間だった。
フロントのソファに座っていたときに、先に部屋に戻っていた娘が駆けつけて言った。
「おじいちゃんの様子がおかしい。すぐに戻って来て」

心地よい気分が一転した。
親父が倒れていた。
それも意識がなく、痙攣していた。
全身蒼白になっていたうえに、額の傷からは血が流れていた。
意識を失ったときに転倒して切り傷ができたのだろう。
ユニットバスやベッドのシーツには、血痕が点々と散っていた。
何が起きたのか全然わからないが、異常事態であることは間違いない。

廊下にいたベッドメイクの従業員に片言のタイ語で叫んでいた。
「病院に行きたい。救急車を呼んでくれないか!」
「どうしたんですか」
「事故ですか」
部屋の中の異変に気付いた従業員の女性たちの悲鳴が聞こえてきた。
「わからない。とにかく救急車を呼んでくれ」

予定としては、今日の午後の便でバンコクに戻ることになっていたが、それどころではなくなってしまった。
直感した。「このままでは帰国できない」
カミさんと娘には予定通り午後便でバンコクへ向かい、翌日に帰国するよう告げた。
日本での連絡要員が必要になると考えたのだ。

やがて騒ぎを聞きつけたホテルのマスターが駆けつけた。
部屋は3階でエレベータはないところだったが、マスターは親父を背負って1階に下りて行った。
マスターの男は、身体はさほど大きくはなかったが、その腕力と迅速さに驚いた。

何が起こったのだろうか。
親父は朝市には出かけていない。
おフクロの言によると
「疲れたから行かない。寝ている」と断ったという。
すでに体調に異変が起きていたのだろうか。
昨日の晩、クラビータウンの夜市に出掛けたが、その時は異常な様子はなかったのだが…

ホテルのマスターはワゴン車を用意してくれた。
後部座席に手早く親父を乗せ、僕らもすぐに乗り込んだ。
自らハンドルを握り、病院に急行した。
何という名前の病院か。
「International」の文字が目に入ってきた。

白い道 その3
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白い道 その1

いままで、いろいろなことがあったと思う。
いままで、いろいろな経験をしてきたと思う。
波乱万丈とは言えないけれど、その経験の多様さに関しては、同世代の他の日本人よりも濃度が高いのかもしれない。
失敗だらけの自分のこれまでの経験を話すと、笑われることも多いけれど…。
優等生ではなかったのだから仕方ない。
両親に対しては、迷惑や心配をかけることも多かったと思う。
いまは多忙な生活送るサラリーマンの一人だ。
唯一まとまった休暇が取れる年末年始に両親を連れてタイに出掛けたのは、昨年に続いて2回目だった。
前回の旅行はチェンマイを中心に、主に北部を回った。
お寺巡りが多かったから、ちょっと歩き疲れたか。
だから今回の旅行は正反対の方向。
南部のリゾート地を選んだ。
ここならあまり歩かずに済む。
おフクロの膝の具合が最近あまり良くないことは既に知っていた。
かつては銀行の営業員だったこともあったが、いまは当時のように速足では歩けない。

クラビー県の離島であるランタ島で大半を過ごした。
とにかく海がきれいだった。
美しい海岸に心が洗われた。
クルマを借りて島内をドライブした。
束の間の休息だった。

クラビータウンで一泊した後、バンコクに戻る予定だった。
そのバンコクへ戻る日の朝に「事件」が起きた。
何の前触れもなかった。
突然のことだった。

白い道 その2
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白い道 プロローグ

よく聞かれるのが、「なんでタイに興味があるの?」という質問です。
理由はたくさんあります。
学生の頃旅行した時の良い印象があること。
パックパッカーとしての原点といえる地であること。
美味しくて安価な食事、きれいな海、静かなお寺、気さくな人々…
どれもタイが好きな理由です。
そのタイとの関係をより緊密にするきっかけとなった「事件」がありました。
その「事件」は、いまも脳裏に焼き付いていますし、これから先も頭から離れることは決してないでしょう。
普段は両親と離れて暮らしていますが、たまに帰省して食事をするときなどは、決まってこの「事件」のことが話題になります。
少し長くなりますが、その時のことを書き綴ってみました。
白い道 その1
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「道は、ひらける」

疲れたとき。壁にぶつかったとき。
決まって読み返す本があります。

石川米雄先生の「道は、ひらける」という本です。
先生は神田外語大学の学長であったかたで、専門は東南アジア史。
特にタイ研究の分野では第一人者というかたです。
また言語学者でもあり、タイ語のほか英語やドイツ語、カンボジア語、ビルマ語など多くの言語を研究したことでも知られています。

一部を引用します。
「私は語学学習の秘訣を聞かれると必ずこう言うことにしている。外国語を習得する秘訣は個人の能力の優劣ではなく、かかって動機付けの強弱にある。」
「動機付けが弱いと、いつしか学習を継続することが困難となり、最後にはやめてしまう。動機付けの更に背後には必要性の自覚がある。」
「私は言葉と覚えるには、ざるで水を汲む覚悟がいる、と考えている。二度三度と辞書を引いて、俺はなんて頭が悪いんだなどと考えるのは甘えである。人間の脳はコンピュータのようにはいかない。エンター・キーを一度押せば、金輪際記憶の消えないフロッピーディスクとはとはわけが違うのだ。ざるだって水を汲める。ただ桶なら一回ですむ水汲みは100回必要になるかもしれない。でも単語を覚えたいという強い動機付けさえあれば、頭が悪いなどと言ってはいられない。どうしても覚えなければならないからだ。」

著名な学者でありながら、人間味のある言葉だと思います。
自分の甘さがわかります。


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動画「タイ語の勉強」

タイ語の勉強
という動画からあります

全部で3本あります。
動画といっても実際には音声だけで作られているものです。
日本語が読み上げられ、それに対応するタイ語のが後に続く。
これが延々と続いているちょっと不思議な動画です。

わけあってタイ語を勉強することになった僕が、どこから手をつけていけばいいのかわからなかった頃に、見つけたのがこの動画です。
正直、初めはまったく意味がわからず悲しくなりました。
とはいえ一度やると決めたこと。
毎日毎朝幾度となく聴きました。

しかしこの動画は誰が何のために作ったのか?
バンコクに赴任した駐在員が必要に迫られて、現地採用の社員の協力を得て作ったようです。

手作り感満載ですが、教材もあまり多くない環境のなかで、相当に努力して作ったものと思います。

その情熱に厚く感謝申し上げます。


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