メナムの残照  คู่กรรม

先日、タイの女流作家であるトムヤンティ氏がお亡くなりになりました。

トムヤンティ氏と言えば、思い出されるのは、小説「クーカムคู่กรรม(運命の人)」(邦題「メナムの残照」)ではないでしょうか。

この小説は、第2次世界大戦末期のバンコクを舞台に、日本海軍将校とタイ人女性の悲恋を描いた作品で、タイでは知らない人はいないほどの有名な作品です。

これまでに映画やテレビドラマで何度もリメイクされているほどの秀作です。

小説「クーカム」は日本語にも翻訳され、邦題では「メナムの残照」として、角川文庫から発表されていました。

(メナムแม่น้ำ は川の意味。ここではチャオプラヤ川を指しています。)

残念ながら現在は絶版で、ずっと読みたかったのですが、その機会になかなか巡り合うことができませんでした。

あるとき、当時通っていた図書館でなにげに検索したところ、幸運にも閉架図書にあったことがわかりました。

さっそく借りてきて、その黄色く変色した文庫本を、夢中で読みふけったのを思い出します。

 

2013年版映画の予告編

 

この作品が描かれた当時の情勢について、少し補足しておきます。

当時の東南アジアは、ビルマとマレー半島をイギリスが、インドシナ半島(現在のベトナム、ラオス、カンボジア)はフランスが植民地として支配している状況でした。

その狭間に位置するタイは、英仏両国の緩衝地帯という地理的な条件と持ち前の外交手腕により、東南アジアのほとんどが欧米の植民地下にあったのにもかかわらず、独立を保っていた唯一の国でした。

日本の置かれていた状況は、アメリカ、イギリスやオランダを中心とした連合国軍との交渉が決裂してしまいます。

日米開戦後は、日本は南方に進出する道を選びます。

タイ政府は、日本と同盟関係を結んでいました。

その一方で、留学生を中心に「自由タイ運動」が組織され、抗日情報活動が展開されていたのです。

日本軍としては、ビルマやマレー半島への攻撃の兵站基地として、タイへ駐留することは絶対的な条件でした。

時のタイ政府は、独立を守るために、日本軍のタイ駐留を認める選択を取らざるを得なかったのです。

バンコクの中心を流れる大河チャオプラヤ川。

その西側のトンブリー地区に、この作品のヒロインとなるアンスマリンが暮らしていました。

母子家庭でありながら苦学の末に大学に進学したアンスマリン。

母親と祖母の3人で、トンブリーの川のほとりの家でつつましく暮らしていました。

近所に小さな古びた造船所がありました。

市場での噂話が聞こえてきます。

「あの造船所は買収されることになるらしい。」

「なんでも造船所を買収するのは外国人らしい。」

造船所を買収したのは、日本の海軍だったのでした。

その造船所の所長として赴任したのが、この作品のもう一人の主人公である小堀大尉その人でした。

 

この小堀という男からは、軍人にある猛々しさのようなものはあまり感じられません。

この点については軍の司令官であった叔父とは、全く違っていました。

茶道の師範であった母の影響もあり、華道や茶道、料理を好むような男でした。

着任後は率先してタイ語の習得に励むようになります。

また彼は規律やルール重んじて、不公平を嫌う男でもありました。

「我が国とタイ国は同盟関係にあります。したがって、その処遇は平等でなければなりません」と語り、タイとの友好関係を損なわないよう常に努めていたのです。

自分の部下であっても不始末をやらかした者には鉄拳制裁も辞することはありません。

貴重であったマラリヤのワクチンをタイ人に提供したこともありました。

もちろん、軍事力を背景にタイへの駐在を決めた日本軍なのですから、地元民からすれば「所詮侵略者なのだろう」と歓迎されるはずはありません。

しかし小堀のこうした誠実さが、次第に地元の人々に伝わっていき、「あの所長は信用できる」「日本人は好きになれないが、小堀は別」と言わせるまでに至るのです。

 

そしてチャオプラヤに続く運河で、アンスマリンと小堀が運命的な出会いを果たします。

彼女は進軍してきた日本軍への反感を抱きながらも、誠実な小堀に次第にひかれてゆくようになります。

そして二人は恋仲になるのか…?!。

でも、それは簡単なことではなかったのです。

 

なお、作品のなかで小堀がアンスマリンのことを「ヒデコ」と日本式に呼んでいます。

小堀は、アンスマリンの母であるオーンに尋ねます。

「アンスマリン(อังศุมาลิน)とはどういう意味なのですか」

庭に出たオーンは、空を指さし、「ああ、それは『お天道様(พระอาทิตย์)』の意味さ」と答えたのです。

それを聞いた小堀は、「日出子さんですね。ผมเรียกฮิเดโกะ(=ヒデコと呼びますね)」と言い、それから「ヒデコ」と呼ぶようになったのです。

タイ語では普通は太陽のことをอาทิตย์またはพระอาทิตย์と言いますが、古風な言いかたとして、サンスクリット語に由来するอังศุมาลินという言葉も存在するのです。

解説はこのくらいにしておきます。

あとは、見てからのお楽しみ…ということで。

 

 

メナムの残照 Part-1(日本語字幕あり)

https://www.dailymotion.com/video/x55exrf

メナムの残照 Part-2(日本語字幕あり)

https://www.dailymotion.com/video/x55f1er

 

 

このトムヤンティ氏の父は、かつてタイ国の軍人であったかたです。

そこで日本軍との接点があり、日本人の勤勉さを知ることになったそうです。

「小堀」は実在する人物ではありません。

しかしこの誠実な日本人将校の姿は、トムヤンティ氏自身が父から聞いた日本人観をベースに描かれているのです。

 

またアンスマリンの揺れ動く感情は、当時のタイの置かれた状況を表しているとも言えます。

表面上は日本と同盟関係を結んでいるものの、裏では「自由タイ運動」が抗日運動を展開していた状況を表現しているのです。

日本人への反感を捨てきれないながら、誠実な小堀にひかれてゆく。

しかしその一方で、自由タイ運動に身を投じた初恋の人を忘れてはいない。

恋愛小説ではありますが、こうした歴史的な背景を重ね合わせることで、また違った面白さがわかるのかと思います。

この2013年の映画作品は、大物俳優が起用されたこともあり、たいへんな反響であったといいます。

主題歌は、タイ語と日本語の両方が使われるなど、豪華さも際立っています。

作品を見たタイの多くの若者が、日本に対してより興味を持つようになったとも言われています。

このような偉大な作品を残していただきましたトムヤンティ氏に深く感謝申し上げます。

そして改めて御冥福をお祈り申し上げる次第です。

 


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