タイの医療保険制度とその現状について

急なことだが、入院することになってしまった。

ある異常が発覚して、急遽手術を受けなければならなくなってしまった。

仕事ばかりの毎日だったが、急に白い無機的な風景の病室に入れられてしまった。

この原稿は、入院中のベッドの上で書いている。

こういう病室に入って想い出すのは、やはりあの時のことだ。

タイを旅行中に、同行していた自分の父親が危篤状態になったときのことである。

クラビー市内のホテルで親父が倒れたのは、ちょうどいまから6年前の正月元旦のことだった。

この件については、以前このブログでも書いたとおりだ。

(白い道 https://ponce07.com/shiroimichi-prologue/

あとになって知ったことだが、クラビー県には大病院がない。

大きいか小さいかの判断は難しいところではあるが、少なくとも、高水準の総合病院というものはない。

日本語が通じる病院もない。

その日泊っていたホテルのマスターが、街で一番大きいと思われる病院に運んでくれた。

それが、クラビナカリン国際病院(Krabi Nakharin International Hospital)だった。

クラビナカリン国際病院(Krabi Nakharin International Hospital)GoogleMapより

 

父の病状は心臓の手術が必要な重篤な状態だった。

ペースメーカーの埋め込みが必要なほどの状態だった。

クラビーのその病院では対応ができなかった。

そのため、クラビータウンから150キロ以上離れたプーケットに転院し、そこで手術を受けることになったのである。

別の県の公立病院に転院する選択肢もあるにはあったのだが、重篤な状況だったことから、待ち時間の短い私立の病院でないと危険だとの判断があったのだ。

素早く、そして的確な判断をしたクラビーの病院の医師には大変感謝している。

プーケットの病院は、私立の大病院で、難易度の高い手術に迅速に対応していただいた。

そのおかげで、親父は無事に帰国できたことはもちろん、手術後6年が経過したいまでも、何ら支障なく生活を送ることができている。

つくづく幸運だったと改めて思う。

タイの医療水準は非常に高く、日本と同等か、あるいはそれ以上だと思う。

先日、ニュースで知ったことだが、タイ政府は「医療ビザ(Medical Treatment Visa)という新たなビザを新設するという。

政府はメディカルツーリズムをこれからの重要産業としてとらえていて、今回のビザの新設で、リハビリやアンチエイジング、美容整形などの医療サービスを受ける外国人富裕者層をターゲットとした新たな需要の掘り起こしを狙ったものと考えられる。

そのような、ハイレベルな医療サービスを提供できるのは一部の私立病院に限定されている。

 

タイには、日本の社会保険のような民間のサラリーマンの職域保険や共済保険のような公務員の職域保険もあるが、自営業者や農民などサラリーマン以外の者が加入できる、日本の国民健康保険に相当するような公的保険制度は長く存在していなかった。

こういったサラリーマン以外の者は、民間の医療保険に加入するしかなく、低所得者層の多くは、無保険状態のままに置かれていた。

しかし2002年に、国民皆保険を目指した新たな公的な保険制度ができた。

「30バーツ保険」とも呼ばれるこの新たな保険制度によると、患者は予め登録した医療機関で治療を受けることができ、受診や投薬にかかる自己負担は一回につき30バーツまでと定められているという(この公的保険に加入できるのはタイ国籍を持っている者に限られている)。

この制度は、一見すると画期的な制度かもしれない。

この制度によって、多くのタイ国民が医療機関を受診できる機会が増えたのは事実である。

ところが、現実はプラスの側面ばかりではない。

まず、患者の登録する医療機関のほとんどが公立病院である。

そのため、公立病院は常に混雑して、患者は長時間待たされることになる。

急を要する治療でも数週間以上待たされることもあるという。

これでは緊急を要する治療には使えないことになってしまう。

低所得者層であれば、受診の都度支払う自己負担の上限額である30バーツに負担感を持つ者もいるだろう。

しかし現在の医療事情を考慮すれば、一回あたり30バーツ程度では、高度な治療はほとんどできないのではないか。

高度な治療を多用すれば、保険財政はたちまちひっ迫してしまう。

そのため、低所得者層は、公立病院で消極的な治療のみを受ける結果となってしまう。

 

私立の病院であれば、ハイレベルの治療を受けることは可能だ。

しかし、それなりの対価を要求される。当然だろう。

受診に際しては、十分な医療費をカバーできる民間の保険に加入しているかが問題にされる。

保険加入がないのであれば、直ちに保証金の支払いを求められる。

このあたりの事情は、自分で経験したことなのでよくわかる。

親父の入院と手術のときは、クレジットカードで保証金を支払ったので問題はなかったが、支払能力に欠けるとわかれば、すぐに追い出されていただろう。

タイでは高い医療水準がありながらも、公的保険では十分な治療が受けられない。

救急車を呼ぶのも、基本的に有料である。

誰も彼もが、等しくハイレベルの治療を受けることができるわけではない。

そう考えると、タイの社会は日本とは比較にならないほどの格差社会と言うことができるだろう。

 

タイの公的保険は未だ課題が多いと言えるが、より多くの国民の健康のために、充実した制度になってほしいと切に願う。

新型コロナウイルスの再度の蔓延で、タイ旅行への道が、またしても閉ざされてしまった。

本来であれば、その時にお世話になったあのクラビーの病院を訪れて、お礼の気持ちを伝えたいと思っているが、いまはそれができる状況にはない。

いつの日か、以前のようにタイを訪れることのできる日が来たら、その時はクラビーの地をまずは訪れたいと考えている。

 

 


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