日本は言うまでもなく島国です。
日本を出国して外国へ行く、つまり国境を越えるということは、空路または海路のいずれかの選択肢しかありません。
現在では、外国へ出発する場面といえば、空港のイメージを持つひとが大半なのではないでしょうか。
僕のこれまでの経験でも、越境のほとんどが空路によるものです。
海路での経験は、下関から韓国のプサンまでと、神戸から中国のシャンハイまで、それとホンコンとマカオの往復しかありません。
一方で陸路での越境の経験も、いくつかあります。
日本人にとってはイメージしづらいのですが、隣国と陸続きになっている国は多いのです。
国境線というフェンスのようなものがあって、その一部に扉があり、ここを通過することで、隣国に移動するイメージです。
これまでにこうした陸路での越境の経験は、学生時代の旅行にはなりますが、パキスタンからイラン、イランからトルコ、トルコからギリシャ、インドとネパールの往復と5回あります。
長期の旅行でないと、このような経験はできないのかもしれませんが、ひとたび国外に出てしまうと、長旅であれば陸路での越境は意外と一般的なのです。

初めて陸路での越境をしたのはパキスタンのタフターンという街からイランのザーヘダーンという街への越境でした。
パキスタンのクエッタという街からイランとの国境に近いタフターンまでは、当時は週に2便だけ夜行列車が運行されていました。
同じコースにはバスも運行されていて、こちらは毎日の運行ということでしたが、道路の状況が非常に悪く、車内が酷く揺れる危険なバスという噂を聞いていました。
だからこの区間は、安全な列車での移動を選んだのでした。
とはいえ砂漠の中を走る列車も、およそ快適とは言い難いものでした。
木製の座席は硬く、一部の窓ガラスは割れていて、車内には細かい砂が入り込んで来ます。
特に深夜は冷え込みが厳しく、冬服を持っていなかったため、寒さをこらえて座り続けたものでした。
その列車には、僕のほかにも二人の日本人が乗っていたことを、終着駅に着いてから知りました。
二人ともベテランの旅人といった風情でした。
僕にとっては初めての陸路での越境でしたから、どういうやり方で出国と入国の手続きをするのかわかりませんでした。
しかし、彼らベテラン二人のあとをついていく格好で、あっけなく終わったのを覚えています。
最初にパキスタン側のイミグレーション窓口で出国のスタンプを押してもらい、次の建物、つまりイラン側のイミグレーション窓口で入国のスタンプをもらうわけです。
そのあとは、カスタム(税関)の職員から手荷物の検査を受けることになります。
このときは越境する人の数は少なく、特にトラブルはなく、手続きは終わりました。
それから、越境した旅行者同士が集まり、車に乗り合わせて、イラン側の最初の街であるザーヘダーンに向かいました。

その後、イラン国内をバスで西に移動して、トルコを目指すことになります。
イランからトルコへの越境は、かなりキツかった記憶があります。
この日は、どういうわけかトルコへ越境するイラン人が大挙して押しかけていました。
イラン人には並ぶという習慣がないのでしょうか。
誰もが我先にと進もうとして、入国審査の窓口は異常なまでに殺伐としていました。
結局2時間近くイラン人の男たちのなかで格闘することになり、ようやく入国審査を通過したときには、すっかり気力と体力をすり減らして、へたり込んでしまったのを思い出します。

ネパールからインドに戻るときの越境もキツかったのを覚えています。
このことは以前「蚊よけの対策 ยากันยุง」で書いたところですが、スノウリという国境の街にあった木賃宿は、お世辞にも清潔とは言い難い宿でした。
安宿の近くには湿地か沼地があったのでしょうか、部屋のなかには蚊がたくさん飛び交っています。
顔面を刺されたうえに、蚊の羽音が耳について、ほとんど眠れなかったものでした。
出国のときに感じるのは、それまで過ごした国を離れる安堵感と軽い疲労感であり、入国のときは、次の国に対する期待と不安が入り混じる感覚なのです。
陸路での越境は、それら二つの感覚が同時にやってくるのです。
決してラクではなかったのですが、いまとなっては、笑い話であり、貴重な経験でもあります。

タイも周辺国とは陸続きであり、東はカンボジア、北はラオス、西はミャンマー、南はマレーシアとそれぞれ国境を接しています。
かつては国家体制の違いから、多くの国境が長期間封鎖されていた歴史もありますが、いまは開かれています。
今年7月には、バンコクからラオスの首都ビエンチャンまでの国際列車が運行を開始したという明るいニュースがありました。
かつては国境紛争のあったカンボジアのポイペトとアランヤプラテートとの間は、旅行者に解放され、いまは多くの観光客が行き来するようになっています。
直通列車こそないものの、バンコクからパダン・ブサールまで行き、そこでマレー鉄道に乗り換えれば、クアラルンプールまで行くことができます。
コロナ禍で長く封鎖されていたチェンライ県のメーサイとミャンマーのタチレクとを繋ぐ国境もいまは再開されています。
そのいずれもが、興味をそそるルートと言えるでしょう。
いまは時間が取れずに長期の旅行はできませんが、いつの日か、かつての学生時代のように長い旅ができるようになったら、これらの国境を陸路で越えてみたいと思っているところです。

