令和8年になりました。
今年もよろしくお願いいたします。
年末年始はタイで過ごしました。
今回の年末年始は休庁日の前後にそれぞれ土日が来て9連休になるという絶好のスケジュールです。
ですから早くから年末年始はタイで過ごし、しかも長めの休みがないと行きにくい地方に行くことを計画していました。
そんななか外したくなかったのが、今回のクラビへの再訪です。
以前にこのブログでも書きましたエッセイ「白い道」の舞台です。
「白い道」https://ponce07.com/shiroimichi-prologue/
詳しくは、ご一読いただければと思いますが、このクラビでの当時の出来事は、いまもなお自分の脳裏に焼き付いています。
今回の旅行では、クラビの街に行き、「目的」を果たしたかったのです。
2025年12月28日。
朝にドンムアンを発った僕は、11時前にクラビ空港に降り立ちました。
この日のクラビも、9年前の景色と同じような快晴の日でした。
南国らしいいっぱいの陽の光。
そこに映し出されるコントラストの強い真夏のような風景。
どれもあの時と変わらない美しい街並みです。
軽い昼食を済ませると、突然のスコールです。
ほどなくして雨はあがり、再び晴れやかな陽の光が照りつけます。
いかにもタイらしい風景です。

黒いカニのオブジェは地域のシンボルです。
こちらも街のシンボルのクロマニヨン交差点です。
年末だからでしょうか。
サンタクロースのような衣装を身にまとっています。
この街の庶民の台所のような存在だったマハーラート生鮮市場(ตลาดสดมหาราช)は、閉鎖されていました。
調べてみても詳細は不明ですが、どうも閉鎖は間違いなく、どこに移転されたのかの情報も不明でした。
市場の中で食べたお粥(โจ๊ก)が美味しかったので、少し残念な気分です。
9年前の正月元旦は、この市場で朝食を済ませました。
その後ホテルに戻ったときに、親父が意識を失っていたのです。
ホテルのマスターが近所にある病院に親父を運んでくれました。
その病院が「クラビー ナカリン国際病院(โรงพยาบาลกระบี่นครินทร์ อินเตอร์เนชั่นเเนล)」でした。
ここが、今回の訪問の目的地です。
9年前に心臓疾患で意識を失った親父を診てくれた先生は、まだその病院で勤務していました。
その先生のもとを訪れて、親父が他界したことの報告と、9年前の謝意を伝えるのが今回の「目的」だったのです。
病院には事前に、訪問の意向を伝えるメールを送信したところ、「歓迎」の趣旨の返信をもらっていました。
快晴の午後の道は、灼熱の陽が照りつけます。
ゆっくりとはいえ、歩いていると汗がにじみ出ます。
それでも、さほど苦には感じませんでした。
通りを歩きながら、9年前の記憶をたどっていました。

病院の前に来ました。
この道です。
9年前に途方に暮れたときの記憶がよみがえってきます。
病院の入口に近づくと、見慣れない訪問者を警戒したのか、ガードマンの青年が近づいてきます。
あらかじめ印刷して持ってきた訪問を伝えるメールの書面を見せると、彼は病院内の受付へ案内してくれました。
訪問を伝えるメールの書面は受付の女性に回され、女性は僕をソファーへ案内してくれました。
5分ほどして、ピブン先生が現れました。
先生もその時のことはよく覚えていてくれたようでした。
タイ式に両手を合わせて、謝意を伝えました。
そして、スマートフォンで葬儀の写真を見せて、親父の他界を伝えました。
「心不全だったのですか?」
短くうなずきます。
タイ語での説明はうまくできませんでしたが、感謝を伝える書簡を渡します。
先生はそれを一読し、大きくうなずいてくれました。
ほんの短い時間でしたが9年越しに感謝の気持ちを伝えることができました。
長崎から持参した手土産も渡すことができました。
目的を果たした達成感でいっぱいでした。
満ち足りた気分で病院を後にしました。
夕方の4時を回った時刻でしたが、まだ陽射しは弱まってはいません。
このときも病院の前の道が白く輝いているようにも見えました
この道は、正式には「ถนนพิศาลภพ Soi Pisanpop」という名前であることを地図で知りました。
「พิศาลภพ(pisanpop)」という言葉は、サンスクリット語で「広い」または「広大な」を意味する「วิศาล(wisaan)」と、「世界、大地、誕生、起源」を意味する「ภพ(pop)」に由来します。
したがって、「พิศาลภพ(pisanpop)」は「広大な世界」または「計り知れない大きさの世界」を意味します。
これは、世界の壮大さを伝えるために用いられる詩的で優雅な言葉でもあります。
9年前に不安のどん底に陥ったときに見たこの道が、実は「計り知れない広大な世界の入口」であったことを、このときに知ったのです。
クラビーナカリン国際病院あてに書いた、改めて感謝の意を伝えた書簡を公開します。
この書簡を読んでどのように感じますか? 美しいタイ語の文章でしょうか?
タイ人のかた あるいはタイ語に詳しいかたは感想をお聞かせください。
กราบเรียน
คณะแพทย์ พยาบาล และเจ้าหน้าที่ทุกท่าน
โรงพยาบาลกระบี่นครินทร์ อินเตอร์เนชั่นแนล
รวมทั้งคุณหมอพิบูลย์ เลาหทัย แพทย์ผู้เชี่ยวชาญด้านโรคหัวใจ
ผมขอกราบเรียนด้วยความเคารพอย่างสูงมา ณ โอกาสนี้ครับ
เมื่อเก้าปีก่อน ผมซึ่งเป็นข้าราชการจากจังหวัดนางาซากิ ประเทศญี่ปุ่น ได้เดินทางมาท่องเที่ยวที่จังหวัดกระบี่พร้อมกับบิดาของผมครับ แต่ระหว่างการเดินทางนั้น บิดาของผมได้ล้มลงหมดสติในโรงแรมจากอาการโรคหัวใจเฉียบพลัน เหตุการณ์ในวันนั้นยังคงเป็นความทรงจำที่ฝังแน่นอยู่ในใจผมเสมอมาครับ
ทางโรงแรมได้รีบช่วยนำบิดาของผมส่งมายังโรงพยาบาลกระบี่นครินทร์ อินเตอร์เนชั่นแนล และที่แห่งนี้เองที่ทุกท่านได้ช่วยชีวิตบิดาของผมไว้ คุณหมอพิบูลย์ได้ตรวจพบว่าอาการของบิดาผมนั้นอยู่ในภาวะวิกฤต และจำเป็นต้องได้รับการผ่าตัดเพื่อใส่เครื่องกระตุ้นหัวใจ (pacemaker) อย่างเร่งด่วน จึงได้ตัดสินใจประสานงานส่งตัวท่านไปยังโรงพยาบาลเอกชนในจังหวัดภูเก็ตทันที
ด้วยความเชี่ยวชาญ ความเมตตา และการตัดสินใจที่รวดเร็วของคุณหมอพิบูลย์ รวมถึงความทุ่มเทอย่างสุดกำย์และเจ้าหน้าที่ทุกท่าน บิดาของผมจึงได้รับการผ่าตัดอย่างทันท่วงที และสามารถเดินทางกลับประเทศญี่ปุ่นได้อย่างปลอดภัยครับ
หลังจากนั้น บิดาของผมยังสามารถใช้ชีวิตต่อมาได้อีกยาวนานถึงแปดปีครึ่ง ซึ่งเป็นเวลาอันล้ำค่าอย่างยิ่งสำหรับครอบครัวของเราครับ แม้ว่าบิดาของผมจะจากไปในเดือนสิงหาคมปีนี้ แต่ผมเชื่ออย่างสุดหัวใจว่า หากไม่ได้รับการช่วยเหลือจากทุกท่านในวันนั้น เราคงไม่มีช่วงเวลาอันแสนมีค่าร่วมกันเช่นที่ผ่านมา
ผมขอกราบขอบพระคุณทุกท่านจากหัวใจอย่างที่สุดครับ ทุกท่านคือผู้มีพระคุณผู้ช่วยชีวิตบิดาของผมไว้ เป็นบุญคุณที่ผมไม่มีวันลืมเลือน
วันนี้ ผมได้กลับมาที่จังหวัดกระบี่อีกครั้งหลังจากผ่านไปเก้าปี แม้ในฐานะข้าราชการที่ไม่สามารถลางานยาวได้บ่อยนัก แต่ผมตั้งใจเดินทางมาเพื่อกราบขอบพระคุณทุกท่านด้วยตนเองครับ แม้ว่าผมยังพูดภาษาไทยได้ไม่ดี ทั้งเมื่อก่อนและแม้แต่ในปัจจุบัน แต่ผมกำลังเรียนภาษาไทยอย่างจริงจัง และตั้งใจจะเรียนรู้ภาษาและวัฒนธรรมไทยต่อไปไม่หยุดครับ
หากเป็นไปได้ ผมอยากช่วยเหลือประชาชนในจังหวัดกระบี่ในอนาคต ไม่ว่าด้วยวิธีใดก็ตามที่ผมสามารถทำได้ แม้ว่าผมจะอาศัยอยู่ที่ประเทศญี่ปุ่น แต่หัวใจของผมนั้นยังคงหันมาทางจังหวัดกระบี่เสมอ ไม่มีวันใดเลยที่ผมจะลืมเหตุการณ์และน้ำใจอันประเมินค่าไม่ได้ที่ได้รับจากที่นี่
สุดท้ายนี้ ผมขอกราบขอบพระคุณทุกท่านอีกครั้งจากหัวใจของผมครับ สำหรับผม ทุกท่านคือผู้มีพระคุณสูงสุดในชีวิต และผมจะจดจำไมตรีจิตของทุกท่านไปตราบนานเท่านานครับ
ด้วยความเคารพและสำนึกในพระคุณอย่างหาที่สุดมิได้
ผมขอขอบพระคุณครับ
拝啓
心臓専門医であられるピブン・ラオタイ医師を含むクラビ・ナカリン国際病院の医療スタッフ、看護師、そしてすべての職員のみなさまへ
謹んでこのメッセージをお送りいたします。
日本の長崎で公務員をしている私は、父と共にクラビ県を旅行しました。しかし、旅行の途中、父はホテルで突然の心臓発作を起こし、意識を失いました。あの出来事は今でも鮮明に記憶に残っています。
ホテルのマスターはすぐに父を病院に搬送してくれました。その病院こそがクラビ・ナカリン国際病院であり、そこでみなさまの協力を得て父は一命を取り留めました。ピブン先生は父の容態が危篤と診断し、ペースメーカー植え込みのための緊急手術が必要だと判断しました。そしてプーケットの私立病院へ即時転院させる手配をしてくださいました。
ピブン先生の専門知識、ご慈悲、迅速な決断、そして医療チームとスタッフのみなさまの最大限の献身のおかげで、父は予定通りに手術を受け、無事に日本に帰国することができました。
その後、父はさらに8年半も生きることができ、それは私たち家族にとって本当にかけがえのない時間でした。今年の8月に父は亡くなりましたが、当時のみなさまお力添えがなければ、これほど貴重な時間を共に過ごすことはできなかったと心から信じています。
みなさまに心より感謝申し上げます。みなさまは父の命を救ってくださった恩人です。このご恩は、決して忘れることはありません。
今日、9年ぶりにクラビ県に戻ってきました。公務員という立場もあり、長期の休暇を取ることは難しいのですが、みなさまに直接感謝の気持ちを伝えるために、この地へ足を運びました。タイ語は今も昔もうまく話せませんが、タイ語を真剣に勉強し、タイの文化についても学び続けていきたいと思っています。
もし可能であれば、今後はクラビ県の方々に少しでもお手伝いができればと思っています。日本に住んでいても、私の心はクラビ県にあります。この地で受けた貴重な出来事、そしてみなさまからいただいた思いやりを忘れる日は決してありません。
最後に、改めてみなさまに心からの感謝を申し上げます。みなさまは私にとって人生最大の恩人であり、みなさまのご厚意は永遠に忘れることはありません。
最大限の敬意と感謝を込めて
感謝申し上げます。

