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ありがとうขอบคุณ  感謝の意を示すことの大切さ

バンコクの紀伊國屋書店でのこと。
ここにはタイ語に関する辞書や、タイ語で書かれた日本に関する様々な書籍がある。
日本語を勉強しているタイ人が多いのだろう。
タイ語で解説された日本語の教科書の類も数多く並んでいる。
また旅行のガイドブックや最新のトレンドを紹介するもの、あるいは日本語が原作の話題の書籍をタイ語に翻訳したものなど、日本事情を紹介しているものも多い。

こういうところに来ると、ついつい長居してしまう。
日本ではなかなかお目にかかれないタイ語の書籍が大量にあるからだ。
その日は一時間ほど眺めていて、何冊かの書籍を手に、レジへ向かった。
「少し欲張りすぎたかな」とも感じていた。

レジ係の女性が聞いてくる。
「当店のメンバーカードをお持ちですか?」
慣れないタイ語での質問に、一瞬固まってしまった。
そのようなメンバーカードなど持っているはずはない。
ここへ来たのは、今日が初めてなのに。

「いいえ。持ってはいません」と、戸惑いながら小さく答えた。

今度はこちらから問いかける。
「支払いはクレジットカードでできますよね?」
「はい。もちろんです」
一応通じたことに、少し安心。
「こちらに、ご署名をお願いします」
レジ係の女性が、指さした。

会計が済むやいなや、そのレジ係の女性は
「ありがとうございます」とハッキリした日本語で言い、そして一礼した。
その自然なしぐさに驚いた。

こちらといえば、発音のまずさから、決して地元のタイ人に見られることはない。
怪しい外国人としか見られないのだ。
その容姿から一応は日本人と思われたのだろう。
その女性は日本語で顧客に対する謝意を告げたのだ。

このような場面は、これまでにも経験したことがある。
「ありがとう」という日本語については、多くのタイ人が、その意味を知っている。

最近は「ありがとう」の他にも「スゴい」「おいしい」などの日本語の単語が、タイ人に知られるようになっている。

僕が初めてタイを訪れたときは、もちろん一言のタイ語も知らなかった。
当時のタイ国内の雑貨屋やスーパーなどの商店の店頭に販売されていた「味の素」や「かっぱえびせん」などの食品のパッケージには「ありがとう」と日本語のひらがなで書かれていた。

その意味を、日本語の文字の示すところを理解しているタイ人がどれくらいいるのかは見当がつかなかったけれど、日本語がパッケージになっていることを、日本人の一人としてはとても新しい発見で、また誇らしい気持ちにもなったものだ。
不思議な感覚でもある。
それほどまでにタイ人は日本についてよく知っているのだ。
他のアジア諸国と比較しても、日本に対して好印象を持つ人の割合は高いと言われている。
それと、もうひとつ不思議に感じたのは、どうして「ありがとう」なのか?

初めて交わすあいさつ言葉としては「こんにちは」とか「おはようございます」「はじめまして」といった言葉を連想するところだけど、パッケージにかかれているのは「ありがとう」なのだ。

なぜ「ありがとう」なのかの理由はよくわからなかったが、それはおそらくはタイの宗教感と国民性からきているのではないかと考える。

人々は徳を積むことで、より幸せになれると考えている。
僧侶への托鉢が盛んなのもその一つだろう。
功徳を積むために、購入してすぐの鳥を放している風景を初めて見たときは、非常に驚いたものだった。
同様に、買ってきた魚を池や川に放流するようなことも、しばしば行われているということを、あとから知った。

他者に対して寛容であることを良しと考える。
大きな声を出したり、感情的になったりすることを良しとせず、常に微笑みを持って他者に接することを美徳と考える。
ホスピタリティが豊かで、「微笑みの国」と形容されるタイ。
その微笑みは他者に対する感謝や慈悲の心に由来する。
「ありがとう」という感謝の意を示すことは、生まれながらにして身についた、ごく普通の習慣なのかもしれない。

かつての経験を思い出す。
タイ滞在中に事件に遭い、ピンチに陥った。
単なる観光客気分で、タイに遊びに来ていただけなのに。
いままでに経験したことのない絶体絶命のピンチだった。
タイ語は、ほとんど話せなかったが、周囲にいた多くの庶民は、こちらの拙いタイ語に耳を傾けてくれた。
いかにして伝えようと、とにかく必死で、何度も言い換えたり、文字に書いて見せたりして…。
彼らは、嫌な顔をすることなく、こちらが伝えたかったことを、懸命に汲み取って入れた。
通りすがりの外国人に過ぎないのに。
ありがたかった。
その時の感謝の念は、ひとときも忘れ去られることなく、いまも胸の奥にしまっている。


逆の立場で考えて見るとどうだろうか。
近年は、東南アジアからの観光客が、多数日本へ観光に訪れている。
コロナ禍が明けて、円安の追い風もある。
いままでにないほど多くの東南アジアからの「お客さん」が日本の地を訪れている。
そんな彼らに、彼らの母国語で謝意を伝えることができるのだろうか。
素直な気持ちで、微笑みを持って、感謝の気持ちを伝えることができるだろうか。
たった一言の謝意であっても、母国語で言われれば、嬉しくもあり、安らぎを覚えるものだ。

この感覚は、いつまでも大切にしたいと、いつも思っている。


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ponce

旅が好き。東南アジアが好き。タイが好き。海が好き。猫が好き。 難解なタイ語の勉強に挑戦してます(実用タイ語検定準2級)。 将来の夢は愛車(クロスバイク)でタイを縦断すること。 横須賀市出身。